五島列島旅行記(その2)----上五島

福江島には2泊し、3月5日(水)朝の高速船で北東方向の上五島に移動します。久賀島、奈留島を左に見て、中通島の南端奈良尾港には30分ほどで到着します。そこからレンタカーで1日半のドライブ観光です。
画像奈良尾から15分程のドライブで、米山展望台です。標高234m、島を東西に分ける分水嶺にあり、写真は西方向、若松瀬戸から若松島を見渡す眺めです。
画像若松大橋を渡って若松港では11時半に予約していた小型観光船の船長と待ち合わせ、キリシタン洞窟に向かいます。写真は、キリシタン洞窟近くの岬にある岩礁で「ハリノメンド」と呼ばれています。五島方言で針の穴の意味だそうです。穴の右側の岩の形状が聖母マリアが幼いイエスを抱く姿を想像できるというのです。
画像明治初め五島地方でキリシタン弾圧が始まり、迫害を避けて船でしか行けない険しい断崖の洞窟に3家族が4ヶ月間隠れ暮らしていたのだそうです。煮炊の火のわずかな煙を通りかかった船に見つかってしまい、死は免れたもののひどい拷問を受けたのでした。子孫の話では、ある人は目を槍でつかれて失明し、ある人は針の板に座らされ生涯脚が不自由になったとのことです。
画像1967年に十字架とキリスト像(高さ3.6m)が立てられました。小型船では我々夫婦の他男女5人が乗り合わせ上陸したところです。岩浜で足下は相当不自由です。
画像中通島に戻り、写真は静かな入り江に立つ中の浦教会堂です。 大正14年(1925年)に建てられた木造瓦葺きの教会です。海の潮が満ちると水面に優美な姿を映すことから「水鏡の教会」とも呼ばれるそうです。


画像海辺の丘の上に天高くそびえる大曽教会堂です。明治12年(1879年)に木造天主堂が建立され、大正5年(1916年)鉄川與助により現在の教会堂が建てられました。八角形ドーム型の鐘楼、色の異なる煉瓦を規則的に配置したり、煉瓦の凹凸を効果的に壁面を意匠化する等が特徴です。

画像洋上に石油備蓄基地が見えます。世界初の洋上備蓄基地として1988年に完成したもので、現在440万リッターが貯蔵されています。当初は福江島に計画されたのですが、大量の石油貯蔵は危険との反対運動があり、人里離れた上五島の洋上に建設されたのでした。
1970年代のオイルショックを経験し、緊急時に備え国が原油を備蓄することとし、現在日本全体で8070万リッター、約200日分の石油が備蓄されています。
画像奈摩湾入口西側の半島の北端が矢堅目崎です。円錐形の巨大な岩が突き出ています。写真を撮っている場所は約100mの断崖の上の公園で、眼下は東シナ海です。

画像奈摩湾の東側に立つ青砂ヶ浦天主堂です。明治12年(1879年)頃は小さな集会所風だったのが、明治43年(1910年)鉄川與助により設計施工され完成したのが現在の天主堂です。当時の神父が外国から原書を取り寄せ設計施工を指導したそうで、建物全体の均整がとれ、様式や意匠が正統的と言われています。国指定重要文化財になっています。
画像青砂ヶ浦から北に4kmほど行った東西に海を望む高台に立つ「ホテルマルゲリータ」が宿泊場所です。2012年にオープンしたリゾートホテルで、上五島にある教会数と同じ部屋数を29にしてあります。部屋の風呂から朝日か夕日が楽しめるのですが、当日は曇から小雨模様に変わる時間だったので、写真のような具合でした。
画像翌朝は雨模様の中、約50分車を運転して頭ヶ島に向かいます。中通島の東端と橋でつながる頭ヶ島は、環境保護の観点から、住民や限られた人しか車乗り入れが許されてなく、一般者は、上五島空港(定期便は飛行していない)駐車場に車を停め、そこからシャトルバスで頭ヶ島天主堂に行きます。頭ヶ島は病人の静養地として人が近づかなかったこともあり、潜伏キリシタンが移住、閉ざされた環境の下で信仰が続けられた集落でした。大浦天主堂における「信徒発見」のあと、宣教師と密かに接触し、本来のカトリックに復帰したのでした。最初は木造の教会堂でしたが、信者たちが島内から持ち寄った砂岩を使った石造りの聖堂です。国指定重要文化財になっています。
画像頭ケ島天主堂は鉄川與助の設計で明治43年(1910年)着工され約10年を経て大正8年(1919年)完成しました。堂内の撮影は禁止です。これはインフォメーションセンターの展示品の写真です。堂内の特徴は、柱がなく、花の装飾とステンドグラスに彩られて明るい雰囲気です。
画像上五島の中心部近くに位置する旧鯛の浦教会堂です。五島における布教拠点として明治14年(1881年)に創設。現在の建物は昭和36年(1903年)木造瓦葺きの正面に煉瓦造りの鐘楼を増設したもので、一部には浦上天主堂の被曝煉瓦が使用されているとのことです。頭ケ島天主堂をはじめ多くのカトリック教会に神父は常駐してなく、隣接する鯛の浦教会の神父が定期的に巡回してミサをあげているのだそうです。約2万人の中通島の人口に対しカトリック信者は5千人、4人に一人がカトリック信者ということになります。
有川港の近くで昼食をとり、3月6日(水)有川港発午後2時20分定刻発の九州商船の高速船で長崎港まで2時間、小雨の降る中でしたが、船の揺れは少なく、無事の航海でした。




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