五島列島旅行記(その3)----長崎26聖人殉教地

五島列島が世界遺産に登録されたので、先週3泊4日の旅をしてきました。
帰途、上五島からの船と長崎空港からの飛行機を乗り継ぐ間に、日本二十六聖人殉教地と記念館を見学しました。五島列島旅行記の前に、まず長崎の二十六聖人殉教地・記念館から紹介します。
画像長崎駅から徒歩8分ほど、坂道を登った丘が西坂公園で、そこに26聖人をレリーフした記念碑とその背後に記念館があります。1597年豊臣秀吉の命令で外国人宣教師6人と日本人キリシタン20名がここで処刑されたのでした。
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発端は、1596年土佐に漂着したスペイン船の乗組員が「宣教師は信徒を増やし、やがて日本を占領する」と言ったことに秀吉が激怒し、宣教師・信徒合わせて24人の処刑を命じ、写真のように、京都から長崎まで約900kmの道を1ヶ月かけて歩かせ、途中加わった2人を含め26人を、信徒の多い長崎の西坂の丘で十字架に磔にされたのでした。(写真をクリックすると拡大し字も読みやすくなります。)
画像「日本での26人殉教」は国外で大きな反響を呼び、殉教から265年後の1862年ローマ教皇は26人の殉教者を「聖人」に列したと言われています。禁教となった江戸時代、キリスト教徒は絶えたと思われていたのでしょうが、1854年に日本の鎖国が解かれ、外国人や神父が数多く来日するようになり、それまで隠れてキリスト教の信仰を守っていた隠れキリシタンが多数残っていることがバチカンにも知らされ、驚きとともに、あらためて殉教した26人を列聖したのだと思われます。
信徒として潜伏している間、仏教徒を装い、祭壇を仏壇風にし、写真のマリア観音も幼子イエスを抱いた聖母マリアを観音像にして信仰を続けていたのでした。マリア観音は中国製が多かったそうですが、この観音像は国産平戸製です。
画像写真はフランシスコ・ザビエルが来日前にバタビアでポルトガル王に宛てた直筆の手紙です。この他、記念館には、経典に使っていた「オラショ」や26聖人ゆかりの品が多数展示されています。フラッシュなしでの写真撮影は許可されています。

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