給付金十万円申請書類と政府支給マスク届く

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政府が1世帯あたり2枚を郵送すると鳴り物入りで宣伝していたマスクがやっと届きました。
残念ながら成人男性には小さ目で市販のマスクに比べて劣ります。布製なら各家庭でそれぞれ4月頃から作られており、今更有難た味も感じません。
二百数十億円の国費を使うのなら、医療防護服や医療者用マスクに優先的に資金を使うべきだったと思います。

一人十万円の給付金申請書類も届きました。
「マイナンバーカードを使って申請すると支給が早い」との前宣伝がありましたが、多くの自治体で住民基本台帳との照合(手作業)に手間取り、インターネット経由の受付の方が時間がかかるとして、マイナンバーカードからの受付を中止した自治体が多数に上りました。本来マイナンバーカードによって、住民基本台帳や給付金、医療データ等がリンクされ、諸手続きが素早く効率的に出来る筈だったのです。米国は数十年前から「Social Security Number」を登録しておけばデータが共有化されており、欧州は勿論、台湾、シンガポールを含めアジア諸国はとっくにデータ共有化がなされており、今回のコロナによる失業補償などが簡単に手続き出来ているのです。何故日本はこんなに遅れてしまったのでしょうか。政府を弁護するコメンテータは「野党を始め自民党内でもマイナンバーカードが銀行口座や個人情報と紐付けになることを反対してきたからだ」と言っています。それを口実に政府は何もせず、マイナンバーカードも中途半端な存在で、身分証明書くらいにしか役に立たなかったということなのです。
休業補償金の申請にしても、同時に申請した人のIDが共有化され、他人に個人情報が丸分かりに開示されるトラブルが複数件起きています。
ごく初歩的なミスで、プロが作ったソフトウェアならば生じえないと言われています。
プログラムの重要性を認識しない官僚が、一般入札で発注し、受注者もコストを下げるため、安い下請けに出し、そこも安上がりの素人に近いプログラマーに仕事をやらせ、検証もせずに納入し、世の中にまかり通っている結果と考えられています。
スマホのSMSしか出来ないIT担当大臣をはじめ、ディジタル化にそぐわない官僚組織を何とかしないと日本は今後凋落の一途を辿るような気がしますが、如何でしょうか。

高齢者の新型コロナ対応の「新しい生活様式」とは

4月上旬に新型コロナウィルス緊急事態が全国規模で宣言され、学校は休校、全国民の7〜8割が外出自粛や県境を越える移動自粛に協力し、多くの企業が在宅勤務/オンライン会合を実行した。
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我々高齢者も、集会や飲み会を全て中止し、近所を散歩するか生活必需品の買い物くらいしか外に出かける機会がなくなり、鬱憤ばらしに高校同級生が週2回オンライン飲み会を始めて2ヶ月になる。
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地元横浜では、6月1日から小学生は朝8時15分始まりと10時45分始まりの2回に分けた登校が始まった。小学1年生もやっと通学できるようになった。お爺さん達も登校見守り交通整理の出番ができた。子供達も爺さん達もマスク姿だ。
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神奈川県は、コロナ対策を実施することを前提に、6月から大型施設やレストラン等が解禁となった。箱根ガラスの森美術館では、入館時の検温、消毒などを徹底して6月から営業を再開。これは園内のイタリアレストラン。屋外と屋内の間仕切りをなくして開放し、テーブルの間隔を拡げ、対面接触をやめ、全員が外を(大涌谷を眺める方向を)向く配置にしている。アトラクションのカンツォーネ演奏は取りやめている。
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緊急事態宣言以降休業していたゴルフ場も徹底した感染防止対策を実施して、少人数を受け入れ(今日は11組みのみ)6月から営業を再開した。送迎バス運行はやめ、入館時はマスク着用し、先ず検温で37.5℃未満を確認した後チェックイン。
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屋外でも2m以内の接近時(カート乗用時等)はマスク着用。ピン(旗竿)は抜かず、バンカーはキャディが直す。兎に角、物に触らせないよう徹底している。今日は真夏並みの晴天で、マスクをしてのプレイは息苦しいので、プレイ中はお互いが近づかない所ではマスクを外す。しかし、キャディはマスク着用が義務付けられており、今日同行のキャディ2人のうちの1人(4月新入社員で研修中)は途中、熱中症で気分が悪くなり引退(暫く屋内で休んだのちに帰宅した由)。
食堂も四人テーブルを2つ並べて4人の間隔を広げ、風呂やシャワーも無し。更衣室も極力滞在を短くするべく、プレイが出来る服装で来るように言われている。これから気温・湿度が高くなる季節、気分転換のゴルフプレイも楽ではない。

6月になり、緊急事態が解除されると、在宅勤務をやめ従来勤務に戻る企業も増え、一時都心では全体の7割が在宅勤務だったものが7割が従来勤務に戻ったようで、学校再開もあって、朝夕の通勤時混雑はコロナ前に近づいているようだ。また、二十台、三十台の若者は夜遊びも盛んになったようで、東京都は「夜の盛り場」の新規感染が増えていると警戒している。高齢者は感染したら重症化のリスクが大きく、ひたすら三密や濃厚接触を避け、極力外出を自粛する生活を続けることになるのか。

スエーデンは、外出自粛や休業要請を一切行わず、集団感染で収束するのを待っているとのことだ。国民の6割が感染すれば収束するとのことだが、現在は国民の7%が感染しただけで6割には程遠い。政策は失敗だったのではないかとの声もあるようで、感染者急増で医療崩壊に近く、「80歳以上」と「70歳以上の持病持ち」は人口呼吸器の適用外だという。つまり、高齢者は切り捨てられる方式をとっているのだ。
日本でも、これから新規感染急拡大の第2波、第3波が来ることの覚悟が必要と感染学専門家は言っている。そうして医療崩壊が起きると「老人切り捨て」の選択肢が日本でもとられることが予想され、その必要性を言い始めた医療関係者もいるようだ。老人にとって益々住みにくい世の中になりそうだ。


新型コロナ緊急事態宣言なぜ延長----出口戦略は?

新型コロナウィルス感染拡大を防止する緊急事態宣言は、5月6日の期限以降も5月31日まで延長させることが昨日政府により正式発表された。
政府と専門家会議の感染疫学専門家は「新規感染者は確実に減少傾向を示しているが、感染者の減少が十分でない。入院患者増加により医療現場が逼迫しており、逼迫改善に1ヶ月程度必要。」というものであった。
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一人の感染者が何人に感染をさせるか実効再生産数(q)は2であったものが、1を割り0.7になったが、人の接触を8割減らす目標に達してなく、65%に止まっている(1ー0.7/2.0 =0.65)。
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東京についても、3月末にq=1.7が、q=0.5に下がったが、人の接触頻度は70%減相当だ(1ー0.5/1.7 ≒ 0.7)。休日や夜間の人出は8割以上の減少を示しているが、都心と近隣県からの県境を越えた移動は5割減にとどまっており、周辺都市の感染を拡大させている。例えば、横浜市で感染者数が多いのは旭区と青葉区、川崎市では中原区と宮前区。中原区は通勤客の混雑が大きい武蔵小杉駅があり、青葉区と宮前区は平素通勤時の混雑が最も激しい東急田園都市線の沿線だ。
感染拡大を防止するため、執拗にパチンコ店の休業を要請追求し従わない店名を公表していたが、大局的には、都心にオフィスを構える大企業での在宅勤務や時差出勤に協力的でない企業を公表する方が価値があったのではなかろうか。
いずれにしても「最低7割、出来れば8割」などと気休めの中途半端な外出自粛要請やPCR検査不足で網にかからない感染者が街で感染を広める等、急速には感染者が減らなかった要因と思われる。

一方、長期にわたる休業は、収入を絶たれる人達の生活を脅かし、経済を疲弊させ、また長期にわたる学校の休校は、教育破壊を招く。
政府は、今回の緊急事態延長も、感染を拡大させない配慮のもとに、学校再開や社会経済活動再開を都道府県の実情に合わせ緩和する含みももたせた。
今後の進展次第で期間内解除もありうると述べている。
大阪府知事は早速緊急事態解除方針を「大阪モデル」として公表した。『「感染経路不明の感染者10名未満」「PCR陽性率7%未満」「重症病床の使用率60%未満」が7日連続で満たせば段階的に解除』という基準で、現状既に3条件を満足しており、このまま続けば1週間後には休業要請等を順次解除していくことになる。東京都知事は「大阪モデルを参考にしつつ独自基準を決める」と言っている。神奈川は「出口戦略ナシ」多分東京に準ずるのだろう。
しかし、緊急事態宣言が解除された後も、ウィルスが消えるわけではないので、感染拡大防止対策は長丁場の対応が必要で、長期にわたる社会構造の改革や新しい生活パターンが要求されることになる。ワクチンや治療薬、医療体制整備に見通しの立たない現状では、我々高齢者はコロナに近づかない生活を継続することが肝要のようだ。
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表は世界の感染状況を示しており、日本の感染死者数が海外他国に比べ高いレベルにないことは、医療従事者の努力と国民の衛生観念の高さによるものと考えられる。一方、感染者が大幅拡大しても厳格な都市閉鎖/外出禁止を行なった国は終結が早いことを示しており、日本のように緩やかな規制では、収束に時間がかかる。

何合目 わからず登る 山険し(よみうり時事川柳 海老名 広海作)
世の中に たえてコロナのなかりせば 春の心はのどけからまし(蟻腹野鳴り比良)

新型コロナ対策を遅らせている官僚機構と政府実行力----日本は大丈夫か?

「マスクは3月5億枚、4月は1億枚増産するので心配はいらない」(2月末の官房長官発言)、「PCR検査は1日2万件可能とし、医師が必要とすれば検査受診可能」「人工呼吸器1万5千台、病床5万床確保」「治療薬にウィルス治療薬アビガンを患者が希望すれば適用拡大」「休業支援を含むコロナ対策108兆円」(以上4件は4月初旬の首相発言)と新型コロナ対策を打ち出しましたがいずれも未だに実現していません。
(1)マスク
これまで多くを中国製に依存していたため、入荷が思うように進まないのは分かりますが、未だに医療機関や福祉施設で必要な所でも不足が目立っています。国民に対しては1世帯2枚布製マスクを配布することにしましたが、ウィルスの透過度は不織布より劣るにも関わらず90億円で調達契約をしています。これまでのマスク工場出荷価格は1枚5〜7円と言われており、洗濯して再生可能とはいえ、性能、品質の劣る高い買い物(多くは中国製)をしています。東京都の一部には郵送されたようですが、布製なら多くの人が自作も出来るのに、気休めの無駄遣いをしていると言えます。90億円で医療機関へのマスク、防護服、消毒液等を供与する方が先と思われますが。
(2)PCR検査
現在、1万5千件検査可能と言われていますが、実際の検査実施件数は1日平均その半分です。保健所などの受付窓口がネックになっていて、5日検査待ち等が多数報告される一方、検査を受けられず死後「陽性」と分かった事例が東京だけで11件生じています。窓口は「体温は?」「どこで感染?」等々事務的な仕事も全て保健婦か医師が対応しており、病院や移動手段の手配までやっているので、窓口が疲弊し機能不全になるのは当然でしょう。もっと事務補助の要員を増やすとか、保健婦・医師に限らずその分野の識見があれば務まる仕事を任せるべきなのに、厚生労働省は既得権限と思い仕事を抱え込んでいるようでルールを変えようとしません。東京や神奈川の医師団が業を煮やし保健所を通さず医師団が運営するPCRセンターを開設したり、歯科医師も動員することにしたようです。また、集めた検体を検査・分析する臨床検査技師の所がネックになっている可能性もあります。ここも看護師や医師が検査・分析を分担してもよいはずです。首相も厚生労働大臣もPCR検査が進まないことについて「目詰まりを生じている」と他人事のように語っていますが、目詰まりの原因を探り、必要な人や機材を手当てするのがリーダーの役目なのですが、責任感欠如と言われても仕方ないですね。東京でPCR検査の陽性率が40%にも達していたのは異常で、PCR検査を受けていない感染者が相当多数潜在していると考えられています。 PCR検査で早く感染者を見つけ、軽症、中等症、重症に区分して症状に合わせた施設や病院に振り分けるのが肝要な筈なのです。後述の治療薬「アビガン」も軽症で有効と言われているのに、37.5度以上で4日間我慢した後で陽性が分かっても遅すぎかも知れません。
(3)人工呼吸器・病床
人工呼吸器もかなり輸入に頼っていました。人工呼吸器の不足が目の前にあり、米国などでは設備操業度が下がっている電機工場、自動車工場に人工呼吸器生産を命じていますが、日本では新規参入工場には厚生労働省の薬事認可に4~10ヶ月を要し、かつ需要が一過性のため新規事業者はなかなか現れません。政府の要請を受け、一部の電器メーカーが既存メーカーの生産を肩代わりするやり方で増産に乗り出すとか、新規工場でも4ヶ月かかる手続きを4日で認可する事例も現れ、これまで官庁の過度の規制や非能率が医療機器の国産を阻害していたようです。
集中治療室のような重度患者用の日本の病床数は、先進国の中で極端に少なく、感染者が増えると医療崩壊が起きます。既に、東京や埼玉では感染後病院空きを待つ自宅待機中に死亡した事例がそれぞれ複数報告されています。
(4)治療薬
ワクチンと治療薬の開発には各国がしのぎを削り努力中です。日本が開発したウィルス治療薬「アビガン」は、新型ウィルスに対して軽症ならば効果があると海外で報告されていますが、日本では厚生労働省が適用に消極的で、最初のうち「他に治療法が見つからない重症者」にしか適用を認めていませんでした。最近やっと「本人が希望し病院の倫理委員会が認めた場合に限り適用しても良い」ことになりこれまで300件の適用事例が出てきましたが、あくまでも治験段階で、厚生労働省は未だ治療薬としては認めていません。エボラ出血熱治療薬「レムデシビル」は重症者の回復が少し早まるとの治験で米国が緊急承認したので、日本も近日中に治療薬として承認するらしいです。要は厚生労働省の役人や医監が責任を取りたくないだけの判断のようです。
(5)経済対策
当初、収入が半減した世帯を対象に30万円を支給する案を補正予算の形で閣議決定しました。与党の一部の公明党の横槍で国民全員に一人10万円を支給することにすり替えられました。困っている人だけが対象ならば4兆円の予算であったものが、国民全員となると12兆円規模が必要になりました。何故、富裕層や収入が安定している人達(公務員や年金者、大企業役員社員)にまで支給を拡げる必要があったのでしょうか。補正予算の組み換えのため支給時期も遅れるのに。8兆円は、休業補償や仕事を失った人達に手厚くしたり、医療体制の充実にもっと当てた方が良かったのではありませんか。
事業支援も含めた予算規模は108兆円から116兆円規模になったようです。この中にはどさくさに紛れて「和牛販売促進費用」として500億円が計上されています。高級料亭などが閉鎖になり高級和牛が売れなくなっているのが理由のようですが、何故和牛だけなのでしょうか。農林水産族の有力政治家が鹿児島、宮崎に多いからだそうです。
(6)IT対応
ドイツなどでは、3月の時点で休業により仕事を失った人が、インターネットで申請すると翌日に給与の80%3ヶ月分が振り込まれたそうです。
日本でもマイナンバー制度を大騒ぎして導入した筈なのに、収入把握や補償額計算などに利用できるようには全くなっていないことが露見しました。
台湾は国民保険ナンバーで、マスクの購入枚数をコントロールしたり、メーカー・販売業者の協力を得てマスクの在庫を全てインターネットで公開しました。
企業の書類は暗号化された電子承認が一般化してきましたが、我が国では公文書や契約書で責任者の捺印が必要な書類が結構多く、在宅勤務になってもハンコ貰いに出社しなければならないことも多いそうです。
諸外国では、オンライン授業が容易に導入されているのに、日本ではごく一部の学校で導入さているだけです。公立小中学校へのタブレット全員配布も前倒しで予算手当をしたことになっていますが、果たしてどれだけ実効性が発揮できるか。
諸外国は行政手続きやテレワーク、オンライン授業など、コロナ騒動を機に一気に進めようとしていますが、我が国のIT担当大臣は何をやっているのでしょうか。

新型コロナ対策は今日も専門家会議でも議論されたようですが、打ち手がスピード感に欠け、1〜2ヶ月或いはそれ以上の周回遅れとなっているようです。
このような非常時にこそ政権の良し悪しが評価されるのであり、「判断力」「実行力」「責任感」で優れた評価を受けているのが、台湾の蔡英文、ドイツのメルケル、「判断力」「実行力」「責任感」いずれにも欠けているのが米国トランプと残念ながら我が国の安倍政権と言われても仕方ありませんね。

緊急事態宣言を前に街は混乱、国/東京都/周辺県との間も対策に差異

昨晩(4月7日)安倍首相によって、期限1ヶ月間の緊急事態宣言が発せられた。新型コロナウィルス感染者の急増について、「人と人との接触を8割減らせば感染は収束に向かう」として、「不要不急の外出自粛」「三密接触の回避」「在宅勤務」「学校や大型商業施設、娯楽施設、大規模イベント開催自粛」を要請した。東京都はかなり早くから準備を進めていたようで、詳細な休業要請リストが示された。中に、理髪店・美容院もリストに含まれていて、昨日都心では「理髪美容に1ヶ月は待てない」客で行列が出来たようだ。当地横浜青葉台でも駅ビルの大型商業施設(東急スケア)がいち早く「食品/薬/診療所の店舗を除き4月8日から5月6日まで全館休業」と掲示した。この中には、本屋、文房具屋、電器屋も含まれており、これらは歩ける距離内に他の店が無いため、本屋、文房具屋にはレジの前に長い行列が出来ていた。私も、本、文房具の買い物があったが諦めて、電器屋で電池、パソコンのインク、印刷用紙だけ買って帰った。政府は、「理髪・美容院、ホームセンターなどをはじめ、生活に不便を感じるもので集団感染(クラスター)になっていない店舗・施設は休業要請に含めるべきでない」と述べ、国と都の間での調整が必要として、都は10日に休業要請対象を正式公表し11日から実行することにした。休業要請リストの中には、スポーツジムやゴルフ場も含まれており、通っているコナミスポーツクラブは5月6日までの休業を決めた。東京都が感染リスクのある店舗や施設を沢山列挙して休業要請するのに対し、近隣の神奈川、埼玉、千葉は外出自粛の強化を唄い、当面休業要請はしないことにした。
湘南桜富士山2020.jpeg当方2月15日以降、電車・バスに一切乗らず、都心にも出かけなかったが、免疫力確保のための運動も大切と、昨日は車で往復して久しぶりにゴルフ場へ出かけた。ゴルフ場での感染の報告は今まで無いが、従業員は全員マスク、各所に消毒薬を置き、食堂や風呂脱衣場もいつもの2倍の間隔をとって感染防止に努めていた。天気もよく、桜も散り際で、青空の中に遠くうっすらと富士山も見え、ゆったりとしてプレイを楽しめた。(写真をクリック2度繰り返すと大きく拡大し、富士山が空の中にポッカリ見えます)。ゴルフ場は「三密」は回避していると思うのだが、「極力外出自粛」の精神からゴルフ場は今日休業とした。(注--追記)
今日は東京・神奈川とも新規感染者が最大記録となったようで、先行きは見通せない。
欧米メディアは、日本の対応について、「緊急事態宣言が遅すぎた」「外出や店舗施設を自主規制に任せているのは楽天的すぎて閉鎖を強制しないと感染は拡大し続ける」と批判している。 日本の緩やかな規制でうまく乗り切れるか、我が国の真価が問われる1ヶ月になりそうだ。

(4月8日夜追記):神奈川県にある当ゴルフ場は次のような感染防止策を取った上で営業時間を短縮して営業することとした。
1)37.5℃以上の入場禁止(入口で検温)、2)来場は公共交通機関を使わず車で来ることを推奨、3)消毒、マスク(プレイ中カート乗車時も)の徹底、4)組間隔を10〜15分、4人プレイの場合カート2台でゆったり、5)来場時プレイの服装で(ロッカー使用時間短縮)、6)風呂場脱衣所閉鎖、7)宴会禁止、8)食堂机椅子間隔拡大、--------

新型コロナ 自国エゴ丸出しの米中独 日本は大丈夫か

この2週間ほど我が国の新型コロナウィルス感染者は急増しており、日本全体で昨日時点で感染者総数3858人、死者93人(ともにクルーズ船感染者を除く) と、2週間前に比べ感染者は約4倍になっている。
東京都の1日ごと新規感染者.jpeg特に東京都は1日で142人増、感染者累積1033人、2週間前の7.5倍に急増している。このままでは感染者数がオーバーシュートし、医療崩壊になりかねないとの危機感が東京都知事や日本医師会から示され、明日には安倍首相から、東京、神奈川を含む7都府県を対象とした「緊急事態宣言」が発せられることになった。
世界感染者4-6.jpeg一方、世界の感染者総数は128万人、死者7万人に達し、特に米国、フランス、スペイン、イタリー、ドイツは感染源の中国を上回って感染が拡大している。(図をクリックすると画面が拡大し、国別の数字も読めます。)
世界の新規感染者4-5.jpeg初期は中国で感染が拡大し、韓国やアジア諸国にも感染が広がったが、3月に入るとヨーロッパで急速に感染が拡大し、更に3月下旬以降米国での感染拡大が顕著になっている。
感染防護の観点から世界各国がマスク確保に必死になって争奪戦が行われている。
日本への感染があまり問題になっていなかった1月に中国から大挙日本に押しかけてきてマスクや医療品の爆買いをしていった。いざ日本でもマスクが必要になり不足しだすと、政府は月産6億枚確保可能と言ったが、実はその8割以上が中国の工場で下請生産していたのだ。契約に基づいて日本に発送しようとした大量のマスクは「中国でも必要」として輸出禁止にしてしまった。慌てて国内で増産を図っているが、とても需要に追いつかず、当面多くの国民は自分で作った布製マスクで我慢している状態だ。医療関係者はマスクのみでなく防護服・手袋も不足しているが、両者とも従来輸入に頼っていたのだ。
欧州ではドイツが犯罪まがいのマスク強奪を行なった。イタリアとスイスがアジアに発注したマスクを経由地のドイツで差し押さえ強奪したのだ。スイス政府からの訴えで返却されたが、イタリアの分は政府間交渉中に紛失・行方不明になったとドイツは嘯いている。
米国も相当悪辣だ。ベルリン市政府はアメリカの3M社に発注したマスク20万枚がタイの空港で何者かに奪われ、米国の海賊行為と非難した。これについてトランプ大統領は、「海賊行為はなかった」と述べているが、「3Mはもっと国内を優先すべきだ。国内を優先しない企業は大きな代償を払うだろう」と述べている。上海からフランスに送られる予定だった医療用マスクの一部が最近、発送直前に輸出先が米国に変わったという。米業者が3倍の買い取り価格を提示したとされ、仏外交官は「この『ハイジャック』に米政府が同意していないとは信じがたい」と批判している。また、ドイツの製薬会社が新型コロナのワクチンを開発しているが、トランプ大統領は「開発費に10億ドルを提供する代わりに、米国に独占的に供給せよ」と申し入れ世界を驚かせている。こういう緊急事態にこそ国家の品格が問われる。

この20年、あらゆる分野でグローバル化が急激に進んだ。マスクや医療品だけでなく、自動車や機械類の部品など、中国や東南アジアに生産を大きく依存している事の危うさに今回あらためて気付かされた。国内の各分野の多くの工場で、部品が調達されないため生産がストップしている。また、海外で発電プラント等を建設しているメーカーは、海外渡航が禁止されたり、帰国しても2週間ホテルに監禁される等、人の往来が出来ず工事に大幅な遅れが生じている。今回のような事態が生じると、各国は国境を閉ざしたり、輸出を禁止したり、自国エゴに走っている。今回の教訓として、緊急時に自国民を守るための自給率について、今までは食料とエネルギーだけが論じられてきたが、どこまで海外に安いだけで依存してよいものか、非常時の国内生産能力について見直す必要があるように思う。
新型コロナ治療薬としては、インフルエンザ治療薬「アビガン」(富士フィルム富山化学が開発しシェアが高い)が脚光を浴びており、三十か国から供給を依頼されており、日本政府は無償供与を約束している。

3連休は車移動でリゾート地が人で一杯----箱根に行きました

新型コロナウィルス対策として「人混みの閉鎖空間は避けよ」となると、多くの人が車で移動して広々としたリゾート地に行こうとの発想になります。
当方も、この三連休を箱根で過ごそうと、一昨日3月20日少し時間をずらして午後1時に自宅を出発しました。
普段はスイスイと渋滞などしたことのない横浜青葉ICで、高速入り口から料金所を経て東名高速道路に合流する僅か200mを走るのに40分、東名高速に入るとすぐに海老名SA手前まで渋滞、抜けるのに50分、小田原厚木道路は渋滞しませんでしたが、箱根口高速出口から箱根湯本まで2km弱を走るのに1時間を要しました。結局自宅から箱根仙石原まで4時間かかりました。
芦ノ湖富士山.jpeg箱根の街中は、外国人や高齢者は少なく、若者や子供連れなどで一杯。写真の箱根恩賜公園駐車場は混んでいませんでしたが、箱根神社やケーブルカーの駐車場などは満車で待ち行列がありました。

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そこで比較的空いてそうな20日から開園したばかりの箱根湿生花園に出かけました。
水芭蕉の花が咲き始めです。
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水芭蕉畑の中の桟道です。

豆桜.jpeg箱根特有の豆桜も咲き始めです。

野焼き金時山.jpeg
湿原は春に野焼きをします。背景に見えるのが金時山(高さ1212m)です。
よく行くピザレストランも昨日・昨日と満席で、予約や来客を断っていました。
帰路は今朝早く出発したので、仙石原から横浜青葉台の自宅まで1時間10分でした。


新型コロナウィルスはどこまで感染拡大するのか

2月末に安倍総理は緊急事態として「春休みまでの全国小中高校一斉休校」「大規模イベント行事開催自粛」「不要不急の外出自粛」「在宅勤務等企業の協力」を要請した。
増加する感染者.jpegしかしその後も新規の新型コロナウィルス感染者は増え続けている。

感染3要素.jpeg
一人の感染者が多数に感染させる集団(クラスター)感染は図の3要素が重なる場所で生じるとされており、クルーズ船、屋形船、ライブハウス、スポーツジム、介護施設、展示会、病院等で実際集団感染が生じている。
世界の感染者3-20.jpeg中国が感染源で多数の感染者・死者が発生したが、その後の徹底した隔離政策が効を生じたのか現在は収束に向かっている。むしろ現在はイタリアをはじめ欧州全土の感染が拡大しており、すでに感染者数・死者数とも中国以外の方が中国を上回っている。
日本は中国湖北省周辺に引き続きイタリア、イラン等からの入国を制限してきた。
感染者日本3-20.jpeg3月19日時点の日本の感染者数は956人(重症者49人、死者33人)、クルーズ船感染者712人(重症者 14人、死者7人)、チャーター便14人を含め、日本全体では感染者1668人(重症63人、死者40人)に達している。北海道、東京、愛知、大阪、兵庫の感染者数が顕著だ。
感染源不明.jpeg特に問題なのは感染源が不明な感染が大都市周辺で増えていることだ。感染しても症状の軽い人達が歩き回っているということなのだろう。日本の感染者致死率3.5%は、クルーズ船(全員にPCR検査実施)感染者の致死率1%に比べかなり高い。軽症/無症状の感染者を検査していないため、見掛けの致死率が高いのであって、実際の感染者は少なくとも数千人にのぼっていると考えるのが妥当と思われる。本当はPCR検査を全面的に行い感染者は隔離するのが感染拡大を防ぐ方法と思うのだが、政府方針として症状が顕著になるまで検査をさせないので、数字に表れない潜伏感染者が増えているのだ。
大阪兵庫急増.jpeg昨日の政府専門家会議で、何も対策せず一人が2.5人に感染させた場合(ドイツの感染拡大状況とのこと)を想定すると50日後に日本国民の79.9%が感染し、その後収束するとの試算が示されたそうだ。大阪府知事は図のような試算をもとに、この週末3連休の間、大阪府と兵庫県の間の移動を自粛するよう要請した。それでは感染源が不明の率が高い東京都と周辺首都圏はどうしたら拡大急増を防げるのか。多分近日中に何らかの感染拡大阻止の方針、基準が、示されると思われるが、後手とならないことを望む。欧州や米国では感染拡大防止に外出禁止令を出した国、州、都市が続出している。兎に角1人の感染者が他に感染させる人数(実効再生産数)を1以下に抑えないと収束しない。高齢者は、当面自宅でひっそり暮らすしか術がないということか!
なお、使った写真・画像はTV(NHK/テレビ朝日)から撮ったものです。

新型コロナウィルス対策でウィルス検査に消極的な政府方針はこれでよいのだろうか

中国武漢に端を発した新型コロナウィルス肺炎の感染者は、世界で7万7千人を超え、死者も中国だけで2,663人に達しており、既にサーズウィルス蔓延時の世界全体の死者数を大幅に上回っている。(2/27追記:この3日間で各国感染者発生数[内は死亡者数]は急増している。中国78,497[2744]、韓国1595[12]、イタリー400[12]、イラン159[19])
世界感染者数2-25.jpeg昨年12月に武漢で多数の肺炎患者が出ていて、一部の医師は新型ウィルスと指摘していたが、今年1月5日に上海公共衛生センターが新型コロナウィルスと発表。「人ー人」感染を中央政府が知ったのは1月19日に北京から調査が入ってからだ。習近平は1月20日に「重要指示」で中国全土厳重態勢、23日に武漢を閉鎖。しかし通告と閉鎖実施の8時間の空白の間に数十万人から数百万人の武漢市民が脱出。1月31日になって日本政府は武漢のある湖北省で14日以内に滞在歴のある外国人及び湖北省発行の旅券保持者の入国を禁止したが、その間に新型コロナウィルス感染者が多数日本に入国し、その後の日本人感染者発生につながった。
image.png2月3日には大型クルーズ客船ダイヤモンドプリンセス号が横浜港に入港したが、既に香港下船の乗客に新型肺炎感染者がいたことが判明し、日本政府は2月5日から14日間船内隔離の方針をとった。その後のウィルス検査(PCR )で陰性とされた乗客は19日から21日にかけて下船したが、乗客・乗員合わせて3,700人のうち、691人が新型コロナウィルスに感染していることが判明し、病院・施設に隔離された。乗船者のうち4名の方(全て80才台の高齢者)が亡くなっている。中国では1人が2人を感染していると言われているが、クルーズ船では1人が5人を感染させたとされており、船内閉鎖空間の衛生状態での日本政府がとった処置は「クルーズ船は隔離施設というよりも新型ウイルスの培養器になってしまったようだ」と国際的にも非難されている。
国内感染最新2020-2-25.jpeg日本政府は2月に入って2週間感染を阻止する水際作戦に努めたが、2月13日には海外渡航歴のない80才台の方が亡くなり、直前に行ったPCR検査結果が陽性と死後判明した。15日には感染の経路が把握できない感染者が多数になり、政府は方針転換を迫られることになった。今日2月25日午後6時時点の日本国内新型コロナウィルス感染者は、日本国内での感染者149人、クルーズ船乗員乗客691人、チャーター機帰国者14人、厚労省職員・検疫官7人、合計861人に達した。(2/27追記:27日現在の状況は末尾の写真に示す)。政府は先週から専門家会議を立ち上げ、25日午後、政府対策本部として感染拡大を防止する基本方針を決定した。方針の要点は、「風邪症状者や高齢者の外出自粛、人が集まる集会や行事の見直し・自粛、企業の協力、患者急増に備え受け入れ態勢の強化、37.5度以上の高熱が出ても4日間の自宅待機等」である。これから1乃至2週間が感染拡大を抑制できるかどうかの正念場としている。しかし、政府の今回の方針は既に批判や懸念が多く出ている。
特に、PCR検査の門戸を狭めていることだ。検査該当基準がこれまで「湖北省滞在歴があるか、感染者と濃厚接触があったか」ということで、たとえ、医師が新型肺炎の疑いがあるとしてPCR検査の必要性を感じても保健所か地方自治体担当部署が「基準に該当しない」と言って拒絶してきた。今回の基本方針でも当面PCR検査の対象は厳格にして重症者に限られることになるようだ。
国内感染者数2-24.jpg現場で医療に預かる医師達からは「新型ウィールスの可能性があれば早期に検査し、新型ウィルスか否かによって適切な治療をすることが大切で、4日間も高熱で自宅待機していたら、高齢者は重症化して治療が難しくなるだろうし、家の中で家族を感染させることにもなる」と異論が出されている。上の表でも示されるように、25日まで日本でPCR検査がなされたのはクルーズ船を除き1742件だけだ。(2/27追記:26日の国会答弁で加藤厚労大臣は最近6日間で5千件、1日平均900件PCR検査を行っていると回答している)。政府は検査態勢が整っていないというが、韓国では既に4万件のPCR検査がなされ、1日2.5万件の検査が可能だそうだ。何故韓国が出来ることを日本は出来ないのか。どうも厚生労働省と国立感染研究所の縦割り行政に問題があるようだ。新型コロナウィルスへの検査キットの開発は国立感染研究所の所管のようで、厚生労働省は「安く大量の検査が出来るキットを開発する」と言っているが半年以上かかるという。一方、スイスの製薬会社ロッシュは既に新型コロナウィルスキットを開発済みで、中国に無償供与したそうだ。日本のPCR検査の遅れを中国が気の毒に思い1万キットを日本に送ってくれたそうだが、どうも国立感染研究所がメンツにこだわっているらしい。検査数を減らせば、見かけの感染者数は抑制され、海外からの訪日懸念やオリンピック開催可否の議論には影響を減らせるかも知れないが、国民の利益には反するだろう。(2/27追記:国会で「医師がPCR検査が必要と判断したら保健所を通さず直接検査機関に検査を依頼出来ないのか」との質問に厚労相は「公費で検査をする以上、保健所を通さなければ受け付けない」と相変わらずの回答で、もっと世論が後押ししないと必要な検査が簡単な手続きで出来るようにはなりそうにない。)
感染者2020-2-27.jpeg写真は2月27日夜までの感染者状況を示している。この2日間で感染者は57人、死者は3人増えた。このように国内各地で感染者が急増している現状に鑑み、安倍首相は、昨26日、大規模な集会、イベントの延期・中止を要請したのに続き、本日27日「3月2日から春休みまで全国の小中高校を一斉休校すること」を要請した。拡大の危機的状況にさしかかりつつあるのをなんとか抑制したいという意思の強い表れであろう。まさに過去に経験したことのない国難といえよう。

私のような持病もある高齢者は、感染即重症化のリスクがあり自宅待機を続けるしかないが、いつになったら少し安心できるようになるのだろうか。まずPCR検査が容易に受けられるようになり、仮に重症化しても治療がしてもらえる病院の態勢が整い、そして現在検証が進められている治療薬(サーズ、エイズ、エボラ出血熱などの治療薬? )の目処が立つ時期が早く来てくれることを切望している。
[写真の出所] 1番目:AFP作成資料、2番目、3番目と5番目:NHK-TV画面、4番目:厚生労働省作成資料

日本はややこしい課題を先送り----エネルギーと地球環境への将来は?----

2019年(令和元年)は大晦日を迎えました。今年一年を振り返ると、医療制度見直し、財政改革、岩盤規制緩和、エネルギー/気候変動問題等々日本の将来に関わる大切な課題は先送りされました。日和見、不決断、無責任な風潮は、政府、与野党、マスコミ共通した問題点と思います。
ここでは、エネルギーと地球環境問題について考えてみたいと思います。

12月前半にマドリードで開かれた気候変動枠組み条約締結国会議(COP25)で、日本は気候変動問題への対応(特に石炭火力に対し)が消極的と環境NGOが非難して「化石賞」を贈られました。
日本のC02排出推移.jpeg
日本は、東日本大震災直後、一時期原子力発電所は全機止められ、化石燃料で代替えしたのでCO2排出量が増えましたが、その後省エネや一部の原子力発電が再稼働したため、近年はCO2排出量は減少傾向にあります。
世界のCO2排出推移.jpeg
もともと、CO2排出が多いのは中国、米国、インドであり、日本の占める割合は世界全体の3%以下に下がっています。
それなのに何故日本が非難の対象になっているのでしょうか。
会議には小泉環境大臣が出席・講演もしているのですが、日本の立場や将来への日本の政策をきちんと説明していないからです。彼は「環境省にはエネルギー政策の権限がない」とか「所管の経済産業省の壁は固い」と言い訳をしていますが、不勉強で将来ヴィジョンを持たないせいだと思います。
CO2世界ランキング.jpeg
図のように単位電力量を発電する際のCO2排出量は先進国の中で見劣りがします。
既に2030年CO2排出目標値を達成しているような国は原子力と水力発電が貢献しているのです。再生可能エネルギー先進国と言われるドイツもCO2排出では落第生です。(図の出所は東工大奈良林教授資料から)
太陽光発電大国.jpeg
我が国は、2013年に太陽光発電や風力発電を高い値段で長期間固定価格で買い取る制度を導入して以来、太陽光発電では世界第2位の導入量になっているのです。太陽光発電は天候に左右され、発電している稼働率は12〜14%程度であるため設備を増やした割に発電量への貢献は小さく、朝方と夕方から夜は火力発電に頼っています。しかも天候によって発電量が変動するため、昼間火力発電所は効率の悪い低負荷で待機していることが多いので、自然エネルギーが増えてもCO2削減にはあまり貢献してくれません。(図の出所は東工大奈良林教授資料から)
再エネ賦課金推移.jpeg
太陽光、風力への固定価格買い取り費用は電力料金に賦課金として上乗せされるので、各家庭の負担は平均毎月800円になっており、国全体では2.4兆円です。2030年まで賦課金は増え続けるので、将来は消費税2%上昇と同程度の負担と言われています。(図は資源エネルギー庁資料から)
各国産業用電気代.jpeg
既に産業用の電気代は世界トップ級になっており、製鉄、化学、窯業など電力多消費産業は国際競争力を失い、生産拠点を海外に移さざるをえなくなると予想されています。(図の出所は海外電力調査会資料から)
台風15号千葉県.jpeg
今年は台風15号の強風、台風19号の水害で日本各地が大きな被害を受けました。千葉県では台風の4日後でも28万戸以上が停電状態となり、復旧には2週間もかかりました。停電した地域では太陽光発電パネルが沢山並んでいましたが全く役に立ちませんでした。昨年の北海道胆振東部地震では夜間で、太陽光が役に立たなかったのは当然ですが、稼働していた風力発電も真っ先に止まってしまい、全道ブラックアウトにプラスの貢献をすることはありませんでした。太陽光や風力のような変動エネルギーが増えると、発電量変動に備えバックアップ電源が必要ななります。(図は東工大奈良林教授作成)
エネ基計画.jpeg
日本は気候変動パリ協定で2030年までに2013年比26%のCO2削減を約束しています。これを達成するための我が国のエネルギー基本計画がこの図です。
火力発電の比率を下げ、再生可能エネルギー(水力、地熱、太陽光、風力、バイオマス等)を増やすとともに止まっていて、安全の確保された原子力を再稼働させねばなりません。東日本大震災前は54基の原子炉が稼働していたのに、現在定期検査等で停止中も含め再稼働したのは僅か9基です。2018年度の原子力の全発電量に占める割合は4.7%です。原子力規制員会の安全新基準に合格した7基、審査中の15基は早急に再稼働する必要があります。それでも基本計画の数値には届きません。(2018年度の再生可能エネルギー比率は17.4%ですが、既存の水力等が大半で自然エネルギーは7.8%です。)

一方、2050年までに先進国はCO2を80%削減することが要求されており、日本もこれを達成すると対外的に公言しています。
そのためには、どのような全体像になるのか電力中央研究所が試算を行いました。
2050省エネ.jpeg
産業、運輸、家庭、民生それぞれ大変な努力が必要なようで、2050年のエネルギー消費は2013年比42%削減が必要と言っています。
そのためには、産業部門では製造プロセスの電荷を進めるとともに民営部門は100%電化、自動車も新車は100%電気自動車にすることが前提としています。1次エネルギーは大幅に減るものの電力需要は現在よりも15%程度増えることになります。(図は電中研作成)
2050電源構成.jpeg
再生可能エネルギーは最大規模導入されることとし、太陽光パネルは全戸壁や屋根に設置、風力も風力発電協会が開発可能としている数値を実現させるとしています。変動エネルギーに対し周波数を安定させるにはタービン発電機の慣性力が必要で、慣性力を有する地熱や水力を含めタービンを有する電源が50%必要としています。その結果、厳しいCO2排出制約により火力はLNGのみとなり発電量に占める割合は17%となります。CO2を排出しない電源として原子力が設備容量で2900万kW (発電量に占める原子力比率で20%弱)が必要としています。また変動電源(太陽光、風力)を出力制限しないで吸収するには大量の蓄電池が必要となり、設備容量で2.15億kWと試算されており、蓄電池の費用だけで何十兆円になるようです。(図は電中研作成)
原発将来推移.jpeg
この図は、安全審査未申請の原子炉も含め45基が再稼働したとしても、かなりの原子炉を60年運転の審査に合格しないとエネルギー基本計画の原子力比率は達成できないことになります。また、2050年には60年運転でも2900万kWは確保出来ずに、少なくとも約700万kW分はリプレース或いは新設が必要になるとの試算です。新増設には立地準備、設計、安全審査、建設工事等に相当な期間が必要であり、喫緊な政策判断が求められるとしています。
なお、原子力なしでCO2削減80%を達成するには、火力発電で排出されるC02の約3分の1を回収し貯留・利用することが求められるとしていますが、日本国内で多量のCO2を貯留する場所はないと思われます。要は、原子力なしで気候変動問題に対処するのは不可能ということかと思われます。

原子力に不安を持つ立地近傍住民の皆さんには、万一の事故時の避難計画が不備と指摘される向きがありますが、新しい安全規制に合格したもの(フィルターベント等具備)は、「Evacuation Free」である(避難の必要がない)ことを製造メーカーも電力事業者も明言することが安心に繋がると思います。

明石散策----明石原人の謎・明石が好漁場のわけ

20日前になりますが、兵庫県明石を散策しました。

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明石城築城400周年記念の年にあたり、明石公園では菊花展が開かれていました。

小笠原公と菊.jpeg
築城時の城主は信濃松本城主から10万石の明石藩主となった小笠原忠真で、時の将軍徳川秀忠から築城を命ぜられたようです。
明治7年に廃城となり、その後は明石公園として開放され、櫓は国の重要文化財になっています。

西八木海岸.jpeg
明石公園の一部に明石文化博物館があります。
1931年明石の西八木海岸のがけ崩れの土中から、直良伸夫氏(生物/考古学者)が古い人骨を発見しました。
当時、三四十年前の「明石原人」かと新聞記事にもなり、東京大学に鑑定を依頼しました。
当時の学会では日本に旧石器時代はないとの通説で、古い骨かどうか判定されないまま返却されました。

明石原人人骨.jpeg
残念ながら骨は戦火で消失してしまいましたが、人骨の石膏模型が残っており、戦後、再調査がなされました。
東大長谷部教授は「壮年男子の腰骨だが現代人に比べ類人猿に近い特徴を有しており、縄文時代以前に人類が日本列島に存在した証拠ではないか」と考えたようです。その後、発見地点の地層は6〜8万年前と分かりましたが、1980年代のコンピューターによる石膏模型の解析では人類進化の各段階の人骨と比較して「明石原人は現代的」とされ、縄文時代以降の「新人」という説が打ち出されました。化石の現物が消失してしまった今、「明石原人」は謎のまま残されています。

明石の海.jpeg
明石海峡と周辺海域の模型です。明石海峡の最大水深は135mですが、西側には「鹿ノ瀬」と呼ばれる水深2mから20mの浅瀬があり、好漁場になっています。深海に集まったプランクトンが速い潮流に巻き上げられて、この浅い鹿ノ瀬に豊かな栄養分を一年中運んできます。浅瀬の砂地はイカナゴの絶好の住みかとなり、タイ、サワラ、ハマチはイカナゴをエサにして内海を回遊します。タコやアナゴも明石の名産です。

天文館と明石大橋.jpeg
博物館から柿本人麿を祀る人丸神社に行く小道からの写真です。北緯135度の子午線に立つ明石天文館の時計塔と明石海峡大橋が遠望できます。海岸線に沿ってJR山陽本線と神戸・姫路を結ぶ山陽電鉄が並行して走っています。

台風19号の被害とW杯ラグビー完勝の一日(10月13日)

一昨日(10月12日)夜には関東地方を台風19号が直撃し、横浜市の最大瞬間風速は40m/secを超えました。
台風19号降雨量.jpeg
今回の台風は、暴風もさることながら、大雨を伴う大型台風でした。

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13日(日)朝、千曲川の堤防が決壊し住宅地に大量の河川水が流入しました。

長野新幹線車両基地浸水.jpeg
長野市にある新幹線の車両基地も洪水が押し寄せ、10編成120車両が浸水しました。北陸新幹線全車両の3分の1だそうです。ここの浸水最大深さは4mとのことです。

上田電鉄鉄橋崩落.jpeg
千曲川は上田市の中央を流れており、上田電鉄別所線の鉄橋が崩落しました。

台風19号河川洪水地域.jpeg
阿武隈川や入間川など各地で洪水を引き起こし、大きな被害を及ぼしています。
東京都と神奈川県の境目を流れる多摩川も周辺に洪水を招き、川崎市側のマンションは1階天井まで水位が上がり男性1人が亡くなりました。今日現在の被害者は、全国で死者37人、行方不明17人にのぼっています。

災害のニュースの一方、夜にはラグビーワールドカップの予選(グループリーグ)最終戦の日本対スコットランドの試合が横浜スタジアムで行われ、28対21で日本が完勝しました。TV画像をいくつか紹介します。
主将リーチ.jpeg
真ん中が主将リーチ(ニュージーランド出身で6年前日本に帰化)。フォワードの中心で彼がボールを取るとリーチコールの大合唱でした。

松島選手トライ.jpeg
前半スコットランドに先制7点をリードされた後、松島がトライ、田村がゴールも決め追いつきました。松島選手(父親はジンバブエ出身、母親が日本人)は地元桐蔭学園出身です。

稲垣トライ.jpeg
相手陣地の密集からボールを受けた稲垣がトライ。彼はフォワード最前面でスクラムを組むプロップ(体重116kg、身長186cm)なので縁の下の力持ちなのですが、日本代表として長年活躍して初トライだそうだ。

スコットランド戦独走トライ.jpeg
後半、相手ボールにリーチ選手がタックルしたのが起点で福岡選手がボールをもぎ取ると50mを独走、トライに成功しました。

スコットランド戦勝利.jpeg
勝利を決めた直後の写真です。予戦Aグループで4戦全勝し1位で準々決勝に進み、Bグループ2位の南アフリカと戦うことになります。
4戦を通しての勝因は、相手に強さで負けないフォワードと素早いパス廻しと言われ、厳しく長期間合宿の成果と言われています。
12日から13日に予定されていた予戦のうち3試合が台風で中止となりました。中止の場合、引き分け扱いとなり勝ち点2点を貰うだけとなります。影響を受けた6チームのうち、大きな不満を表明したのはイタリアで「勝てば予選通過の可能性があった。数日前から台風が来ることは分かっていたのだから、代替え地を用意するプランBを準備しておくべきだった」とヘッドコーチが不満を述べていました。この他にも開幕戦で飲食物持ち込み禁止なのにビール以外すぐに売り切れて飲み物も食べ物も手に入らず泣き叫ぶ子供達に全く対応できないなど、大イベントへの対応で課題も多かったようです。
<台風被害追伸---10月16日記>
今日昼現在死者は54名、行方不明11人です。阿武隈川と支流の氾濫の影響が大きく、福島県の犠牲者が27名、宮城県が14名にのぼっています。
神奈川県も死者が14名出ています。行政の対応のまずさも問題になっています。
神奈川県山北町は自衛隊基地に近く、断水地域で自衛隊の給水車が目の前にいるのに、「県知事の要請がないと給水できない」と自衛隊は対応できませんでした。
台風15号では千葉県知事の対応の悪さが問題視されましたが、神奈川県知事も同様にTV露出が大きいことで当選したポピュリズム知事で、緊急時のリスク対応行政には無能力ぶりを示したようで、選んだ側も大いなる反省点と思います。



地元の防災訓練風景

今週の日曜日(9月29日)地元防災拠点(小学校)で自治会による防災訓練が行われました。
参加者は、小学校の先生13人と区役所職員を含め80人ほどでした。
放水訓練.JPG
校庭での消防団による放水訓練です。

防災備蓄庫見学.JPG
防災備蓄庫には、緊急時最低限の飲料水・食料の他、簡易テント、発電機、炊飯器などが保管されています。

AED訓練.JPG
AED操作のデモンストレーションと訓練が行われています。

マンホールトイレ2.JPG
マンホールトイレが設備されつつあります。
左に見えるマンホール(小さいのがトイレ用で5つ、半開きになっているやや大きなマンホールにポンプを設置する)を使って糞尿は水洗し、下水道が使えなくても右側の汚水槽に貯めておく仕組みです。

マンホールトイレ1.JPG
水洗のためのポンプは来春具備されるとのことです。
既に、東日本大震災でも福島県の一部で実用化されていたそうですが、横浜市でも順次全防災拠点に装備してゆくそうです。

強風下の箱根仙石原すすき祭り

一昨日(9月23日----休日)午後3時から箱根仙石原の箱根湿生花園駐車場ですすき祭りが開催されました。箱根芸者バー.jpg芸者バーです。箱根湯本からの出張でしょうが、ビール、ワイン、ウィスキーなどが一杯ワンコイン(500円)です。

ガラスの森出店.jpg仙石原周辺のホテル、レストラン、割烹などが競って出店しており、何でも一皿500円です。強風下で中には「売り切って早く引き上げたい」と叫んでいる売り子もいました。

強風.jpg台風17号は日本海を北東に進んでいるとのことですが、この辺も台風の強風圏に入っており、風速15m/sec以上です。テントが倒れないように消防団員が何人かで抑えています。既に天幕が吹き飛んでしまった店もあるようです。当日7時半から予定されていた花火は中止されました。

サワギキョウ.jpg翌日快晴の箱根湿生花園湿原からサワギキョウ越しに仙石原すすき草原を遠望した写真です。

箱根草原.jpg仙石原すすき草原は10月中旬から11月中旬にすすきが黄金色になり多くの観光客が訪れます。写真は数年前に撮ったものdす。

中学校体育祭/神谷バー/銀座がんこ

昨13日(金)は、猛暑が一時的に去り、曇天ながら久しぶりに爽やかな朝を迎えました。
谷本全校生徒.jpg
地元の谷本中学校の体育祭が開催されました。
少子化の中、ここでは各学年6〜7学級が維持されています。
校長挨拶・選手宣誓を前にして全校生徒が整列しています。
谷本徒競争.jpg
2年生女子のクラス対抗の短距離走です。
今年度は熱中症対策として、入場行進・ダンス・PTA種目などが削除されました。
体育祭を10月に行えば熱中症の心配もないのですが、学校のスケジュールの事情があるのでしょう。

神谷バー.jpg
昼は浅草の「神谷バー」で中高同級生の集まりに出かけました。
明治時代の操業で、関東大震災以前からの建物です。
神谷バー内部.jpg
ブランデーベースの30度・40度のカクテル「電気ブラン」が有名です。
向こうの隣部屋には立川の中学生グループが、「都内巡り」の課外授業として、ネットでこの店を調べてやってきたようです。

銀座がんこ.jpg
夜は銀座の割烹で、昔の職場(兵庫県)OBの集まりがありました。お陰で今朝は体重が1.2kg増えてしまいました。

台風15号後の大規模停電が何故長引いているのか

今週9月8日(日)夜半から9日早朝にかけて「関東各地で観測史上最大の暴風」を伴う台風15号が首都圏を直撃しました。
直接の被害は千葉県全域と神奈川県の一部で特に酷かったのですが、その後は交通機関の復旧に手間取り9日の首都圏は大混乱でした。成田空港では、飛行機はどんどん着陸するものの、JR/京成電鉄/高速バスなどが止まっており、1万3千人の旅客が空港に終日閉じ込められました。
送電線転倒.jpg
首都圏では広範囲にわたって停電が発生。9日午前の段階で1都6県で87万戸が停電しました。千葉県では送電線2基が転倒したり(画像は千葉テレビによる)、変電設備損傷、電柱が倒れたり、高い木が高圧電線に倒れかかったり、大変な被害が生じました。
千葉県停電情報.jpg
4日目を迎えた今日12日の時点でも千葉県ではいまだに34万戸が停電しており(図は東京電力HPより、赤い地域は1000戸以上が停電中)、特に千葉県南部では復旧の見込みが立っていないと報じれています。山地の倒木などが復旧を妨げていると言われています。移動電源車の数も不足しているそうです。

14年前の阪神大震災では、260万戸が停電し、翌日夕方には停電家庭の9割の家庭に電気は行き渡ったり、5日目には全面復旧しました。中でも台風の災害に慣れている九州電力は、地震発生直後の朝、電源車や作業車、復旧工事要員を船で現地に向かわせました。東北電力を含む各電力会社も電源車や機材などを送り込みました。関西電力と近畿電気工事など地元組織が頑張ったのは勿論ですが、周辺の各電力会社の支援協力も早期復旧に大きく貢献したと思われます。

それから24年、電力自由化以降、東京電力をはじめ電力会社や工事会社は新規投資や人員確保などへの体力が劣る一方、各電力会社は競争相手となり、全国各社が自ら進んで協力する態勢になっていないのではないかと邪推しています。(東京電力は既に他電力にも協力を要請しており、明日からは人数も1万人以上の態勢で作業を加速させるそうです。)
山間部等の送電線ルートは倒木を防止すべく、地主の了解をえて、必要最小限、背の高い樹木は定期的に伐採しておくべきだったのではないかと思います。
また、電柱の倒壊が目立ちます。法規では風速40m/secで設計すればよく、東京電力はそれに従っているとTVで報じられていますが、沖縄など台風被害が多い地域では60m/sec以上に耐えられるように設計されているそうです。関東地方は全体に台風を若干甘く見ていたのかも知れませんね。(地元自治会が防犯カメラを設置する柱を建てる際、横浜市から要求されたのは「風速50m/secに耐える設計であることを示せ」でした。)
長時間停電は、熱中症死者発生、断水、コンビニやガソリンスタンド休業、通信機能喪失、学校保育園閉鎖、農業や漁業、観光など広範囲に被害を拡大させているようです。

箱根ガラスの森美術館

昨日(8月26日)片道1時間半のドライブで箱根ガラスの森美術館に行ってきました。
「ピカソ・シャガールたちのヴェネチアグラス彫刻展」が開催されています。
20世紀中頃エジディオ・コンスタンティーニが、新しいガラス芸術を作り出そうと、ピカソ、シャガール達に協力を呼びかけ、ガラス職人と芸術家とのコラボによるガラス彫刻を世に出したのでした。
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パブロ・ピカソのデザインによる「雄牛」です。

シャガールガラス.JPG
シャガールのデザインによる作品群です。

ガラスの音楽.JPG
また、館内では、ガラス楽器の演奏も行われていました。演奏者はクリスタル・トリオ・アンサンブルです。
左端の楽器がグラス・ハープで、ワイングラスの縁を指でなぞっているような演奏により主旋律を担当しています。真ん中がベロフォンで中音部、右端がグラス・パンフルートでベースを担当しています。トルコ行進曲や故郷などを演奏していました。

すすきガラス.jpg
庭では、ガラス粒のススキが日に輝いていました。箱根仙石原のススキ道には沢山の観光客が訪れますが、まだ時期は早いようです。

紫陽花ガラス.JPG
これは、同じ場所で6月に展示されていたガラスと本物の紫陽花です。箱根は紫陽花も見事で、御殿場から箱根乙女峠までの国道はアジサイロードと呼ばれており、箱根湯本から強羅までの箱根登山鉄道はライトアップされたアジサイ畑を走り抜けます。6月から7月初めが見頃です。

伊豆下田周辺海岸観光

今週8月5日(月)日帰り観光バスで伊豆半島の南端に近い下田周辺の海岸を巡るツアーに参加しました。
7時半に武蔵小杉駅集合、東名高速、伊豆縦貫道経由で下田港に着いたのは12時少し前。
配られていた弁当 (金目鯛・うなぎ・鮭粕漬とご飯)は既に車内で食べ終えており、更に15分くらい西の竜宮窟に直行。
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かつては、洞窟だったのが、陥没して写真のようになった由。外海から波が洞窟の中まで入り込んでいます。
竜宮窟ハート.jpg
陥没した穴の上から見ると、陥没した砂がハートの形に見えます。
田牛海岸.jpg
竜宮窟の外の田牛海岸です。西日本に到来している台風8号の影響か、いつもより波が荒いようで、本来ツアーの観光先の石廊崎巡りの船が欠航。
黒船サスケハナ号.jpg
代わりに、下田港内を観光する黒船サスケハナ号に乗ることになりました。
下田港.jpg
船内から下田港を眺めた写真です。左の山、寝姿山山頂には、江戸時代末期黒船見張所が置かれ、外国船が見えると直ちに下田奉行所に連絡される仕組みになっていました。その見張所には大砲も据えられていたようです。また右側の島、柿崎弁天島は、ペリー来航時、吉田松陰が密航を企み、黒船まで漕ぎ出した場所です。
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下田港の東の恵比寿島の西海岸の写真です。伊豆半島の南部には太古の海底火山の噴出物が広く分布しています。長い海底火山の時代の後、伊豆全体が北上し本州に衝突し隆起と侵食を受けたため、本来地下に埋もれていたはずの内部構造が直接見られるようになったのです。白・灰色の縞模様の砂の層は、火山から噴出した軽石や火山灰が海底に降り積もったり、海底に運ばれたりしたものです。
恵比寿島千畳敷.jpg
島の南海岸の千畳敷は、波が削った浅瀬が、その後の隆起によって海面上に姿を表した「波食台」です。周辺には、角張った岩や土石の地層が見られますが、海底を流れた土石流だそうです。
バスは、3時40分には下田を出発したのですが、伊豆中央道、東名高速道の渋滞もあり、武蔵小杉着は8時40分、帰宅は9時半でした。

隅田川花火

7月27日(土)台風6号襲来が心配されましたが、首都圏は大きな影響を受けることなく、隅田川では久しぶりに花火大会が行われました。

お台場.jpg
屋形船で花火を見物する機会をえましたが、屋形船は約70人乗りの横浜に本拠のある会社が運営しているのですが、集合は午後2時40分、お台場「東京テレポート」海上バス乗り場です。

屋形船内部.jpg
屋形船の内部です。乗船出航するとすぐに食事。隅田川会場付近では火が使えないので、揚げたての天ぷら等は、その前に提供する必要があるとのことです。

午後4時隅田川.jpg
隅田川会場付近への立ち入り開始時刻は午後4時なので、陣取りのため全速力(時速10ノット)で約40分で移動。沢山の船が既に待機しています。

津軽三味線.jpg
花火打ち上げ開始が午後7時なので、それまで津軽三味線名手(3年連続日本一とか)の演奏で時間をつなぎます。人手不足で、客の一人がマイクを持ってサポートしています。

スカイツリーと花火1.jpg
船同士の陣取り合戦(?)の結果、我々の船は、花火打ち上げの第1会場(言問橋と桜橋の間)から2.5km下流、第2会場(厩橋と駒形橋の間)から900m下流の蔵前橋と総武線鉄橋の間に錨を下ろしました。スカイツリーが右前方に見えます。メインの第1会場の花火は遠く下の方に見えますが音が聞こえませんでした。

三脚なしで撮った写真を何枚か紹介します。
蝶のような花火.jpg

花火の輪.jpg

スカイツリーと花火2.jpg

隅田川花火1.jpg

隅田川花火2.jpg

周辺の屋形船です。後方に見える橋がJR総武線の鉄橋です。花火は午後8時半過ぎに終了、お台場経由帰宅は11時でした。
屋形船たち.jpg

世界の気候が狂いはじめている?

九州南部には豪雨が集中し、この数日で通常7月1ヶ月に降る雨量の2倍以上が記録されているとのことで、川の氾濫、崖崩れ、死者も出る被害が報道されています。一方、九州北部は水不足で福岡県の渇水対策本部は節水を呼びかけています。行橋市の水がめ貯水率は10%以下に落ち込んでいるとのことです。
海外では、中国貴州省などが大規模な洪水が報道される一方、インド南部は猛暑と渇水で、人口900万のチェンナイ(旧名マドラス)では昨年200日間雨が降らず、貯水湖の全てが枯渇状態(写真)で飲料水の確保が困難になっているようです。
インド水不足枯渇.jpg
ヨーロッパは北アフリカから押し寄せる熱波で、ドイツ・チェコでは史上最高の38℃超、フランスでは43℃超、スペインは45℃を記録したとのことです。
世界の気候が異常を来しているようで心配です。

喜多方しだれ桜まつり・大内宿・湯野上温泉駅散策

今週4月22日東北新幹線とバスを使った日帰りの会津喜多方千本桜観光ツアーに参加しました。
画像途中、湯野上温泉駅に立ち寄りました。会津鉄道(会津若松と会津高原尾瀬口を結び、東武鉄道を経て日光/浅草に繋がっている)の中間駅で茅葺き屋根の駅舎が特徴です。周辺は八重桜が満開でした。
画像大内宿の写真です。会津若松と日光・今市を結ぶ会津西街道の宿駅でした。会津藩が江戸時代初期に会津と江戸を結ぶ幹線道路として整備したもので、米などの物資輸送や会津藩主の参勤交代にも利用されました。
画像本陣・脇本陣が置かれ参勤交代では総勢約600人が立ち寄ったとのことです。建物の多くは江戸時代後半から明治にかけて建てられたものだそうです。明治以降は鉄道や新国道が出来、この街道が輸送に使われなくなると大内宿は衰退したので全長約450mの昔の街並みが残ったと言われています。
画像喜多方のしだれ桜です。国鉄合理化で廃線になった道路(自転車専用道路)約3kmに昭和63年植樹したしだれ桜がほぼ満開でした。
画像
画像遠方の山並みには雪がのこっています。喜多方は、酒造りや醤油造りの土蔵が並ぶ蔵通りや喜多方ラーメンでも有名です。東日本大震災で福島県は大きな被害を受け、一時は観光客も減り、産物も風評被害を受けました。最近は観光客も増えてきているようであり、早く豊かな福島県に戻ってきて欲しいと念願しています。








五島列島旅行記(その2)----上五島

福江島には2泊し、3月5日(水)朝の高速船で北東方向の上五島に移動します。久賀島、奈留島を左に見て、中通島の南端奈良尾港には30分ほどで到着します。そこからレンタカーで1日半のドライブ観光です。
画像奈良尾から15分程のドライブで、米山展望台です。標高234m、島を東西に分ける分水嶺にあり、写真は西方向、若松瀬戸から若松島を見渡す眺めです。
画像若松大橋を渡って若松港では11時半に予約していた小型観光船の船長と待ち合わせ、キリシタン洞窟に向かいます。写真は、キリシタン洞窟近くの岬にある岩礁で「ハリノメンド」と呼ばれています。五島方言で針の穴の意味だそうです。穴の右側の岩の形状が聖母マリアが幼いイエスを抱く姿を想像できるというのです。
画像明治初め五島地方でキリシタン弾圧が始まり、迫害を避けて船でしか行けない険しい断崖の洞窟に3家族が4ヶ月間隠れ暮らしていたのだそうです。煮炊の火のわずかな煙を通りかかった船に見つかってしまい、死は免れたもののひどい拷問を受けたのでした。子孫の話では、ある人は目を槍でつかれて失明し、ある人は針の板に座らされ生涯脚が不自由になったとのことです。
画像1967年に十字架とキリスト像(高さ3.6m)が立てられました。小型船では我々夫婦の他男女5人が乗り合わせ上陸したところです。岩浜で足下は相当不自由です。
画像中通島に戻り、写真は静かな入り江に立つ中の浦教会堂です。 大正14年(1925年)に建てられた木造瓦葺きの教会です。海の潮が満ちると水面に優美な姿を映すことから「水鏡の教会」とも呼ばれるそうです。


画像海辺の丘の上に天高くそびえる大曽教会堂です。明治12年(1879年)に木造天主堂が建立され、大正5年(1916年)鉄川與助により現在の教会堂が建てられました。八角形ドーム型の鐘楼、色の異なる煉瓦を規則的に配置したり、煉瓦の凹凸を効果的に壁面を意匠化する等が特徴です。

画像洋上に石油備蓄基地が見えます。世界初の洋上備蓄基地として1988年に完成したもので、現在440万リッターが貯蔵されています。当初は福江島に計画されたのですが、大量の石油貯蔵は危険との反対運動があり、人里離れた上五島の洋上に建設されたのでした。
1970年代のオイルショックを経験し、緊急時に備え国が原油を備蓄することとし、現在日本全体で8070万リッター、約200日分の石油が備蓄されています。
画像奈摩湾入口西側の半島の北端が矢堅目崎です。円錐形の巨大な岩が突き出ています。写真を撮っている場所は約100mの断崖の上の公園で、眼下は東シナ海です。

画像奈摩湾の東側に立つ青砂ヶ浦天主堂です。明治12年(1879年)頃は小さな集会所風だったのが、明治43年(1910年)鉄川與助により設計施工され完成したのが現在の天主堂です。当時の神父が外国から原書を取り寄せ設計施工を指導したそうで、建物全体の均整がとれ、様式や意匠が正統的と言われています。国指定重要文化財になっています。
画像青砂ヶ浦から北に4kmほど行った東西に海を望む高台に立つ「ホテルマルゲリータ」が宿泊場所です。2012年にオープンしたリゾートホテルで、上五島にある教会数と同じ部屋数を29にしてあります。部屋の風呂から朝日か夕日が楽しめるのですが、当日は曇から小雨模様に変わる時間だったので、写真のような具合でした。
画像翌朝は雨模様の中、約50分車を運転して頭ヶ島に向かいます。中通島の東端と橋でつながる頭ヶ島は、環境保護の観点から、住民や限られた人しか車乗り入れが許されてなく、一般者は、上五島空港(定期便は飛行していない)駐車場に車を停め、そこからシャトルバスで頭ヶ島天主堂に行きます。頭ヶ島は病人の静養地として人が近づかなかったこともあり、潜伏キリシタンが移住、閉ざされた環境の下で信仰が続けられた集落でした。大浦天主堂における「信徒発見」のあと、宣教師と密かに接触し、本来のカトリックに復帰したのでした。最初は木造の教会堂でしたが、信者たちが島内から持ち寄った砂岩を使った石造りの聖堂です。国指定重要文化財になっています。
画像頭ケ島天主堂は鉄川與助の設計で明治43年(1910年)着工され約10年を経て大正8年(1919年)完成しました。堂内の撮影は禁止です。これはインフォメーションセンターの展示品の写真です。堂内の特徴は、柱がなく、花の装飾とステンドグラスに彩られて明るい雰囲気です。
画像上五島の中心部近くに位置する旧鯛の浦教会堂です。五島における布教拠点として明治14年(1881年)に創設。現在の建物は昭和36年(1903年)木造瓦葺きの正面に煉瓦造りの鐘楼を増設したもので、一部には浦上天主堂の被曝煉瓦が使用されているとのことです。頭ケ島天主堂をはじめ多くのカトリック教会に神父は常駐してなく、隣接する鯛の浦教会の神父が定期的に巡回してミサをあげているのだそうです。約2万人の中通島の人口に対しカトリック信者は5千人、4人に一人がカトリック信者ということになります。
有川港の近くで昼食をとり、3月6日(水)有川港発午後2時20分定刻発の九州商船の高速船で長崎港まで2時間、小雨の降る中でしたが、船の揺れは少なく、無事の航海でした。




五島列島旅行記(その1)---福江島

五島列島が世界遺産になったのを機会に、3月3日(日)から3泊4日の旅に出かけました。
羽田11時発、長崎で飛行機を乗り継ぎ福江島に午後3時半に到着しました。
画像宿泊は、港や中心街に近いカンパーナホテルです。写真は窓から南側を見た眺めです。福江城(石田城)は、外国船襲来に備え1849年から15年かけて、藩主五島氏により築かれた江戸幕府最後の城郭です。当時は三方海に面した城でしたが、その後埋め立てられ、現在は福江市街の中心に位置し、石垣や門が残っています。写真の天守閣は城の二の丸に建てられた五島観光歴史資料館、その右に見えるのが県立五島高校の校舎です。遠方に見える山は標高315mの鬼岳。山焼をして茶色をしていますが、芝生に覆われた火山です。伊豆半島の大室山に似ています。
画像武家屋敷通りの石垣が昔の面影を残しています。石垣を積んだ上に丸い石が頂部を形作っていますが、いざ外敵が攻めてきた時に投石する弾に使えるように考えられているとのことです。
画像福江島島内を見て回るのには五島観光の定期観光バスを利用しました。最初に訪れたのは島の西端にある井持浦教会堂です。1895年(明治28年)に赤煉瓦造りの教会堂として建てられたのですが、その後、台風で倒壊し、赤煉瓦を模したコンクリート造りの現教会になったそうです。当日は我々より早く観光バスでやってきた韓国カトリック教徒団体が、韓国人神父のもと、この教会堂でミサを行っていました。
画像1899年に日本で最初に作られた「ルルドの洞窟*」として有名になり、信仰の聖地として巡礼者が訪れるのだそうです。横の井戸には霊水が注いでいます。
*注:「ルルドの洞窟」:1858年フランス・ルルドの洞窟のそばで薪割りをしていた14才の少女の前に聖母マリアが姿を現し「泉に行って水を飲んで顔を洗いなさい」と告げた。近くに水は無かったが、聖母は洞窟の岩の下を指さした。清水が湧き出ており、ルルドの泉の始まりとなった。泉の水によって不治の病が治療される奇跡が次々と起こり、ルルドはカトリック有数の巡礼地となった。
画像島の西南端の大瀬崎断崖です。高さ100mから180mの海蝕断崖が東シナ海に突き出して約20km続いています。岬の先端には真っ白な大瀬崎灯台が見えます。映画のロケ地にもよく使われるそうです。
画像西海岸を北上すると高浜ビーチです。荒波で白い珊瑚と貝が粉末になって白い砂浜とエメラルドグリーンの海を作り出しています。ここからさらに北上した湾は、その昔(8世紀から9世紀にかけて)遣唐使が日本を出る最後の寄港地だったとのことです。
画像福江島の北の入り江に建つ堂崎天主堂です。1873年(明治6年)禁教令が解かれた後、五島で最初に建てられた教会堂です。江戸時代、禁教後の弾圧で五島のキリシタンは殆ど姿を消しましたが、1797年五島盛運は大村潘に移民を申し入れ、多くの潜伏キリシタンが新天地を求めて五島に移り住んできました。明治時代になり、宣教を再開したマルマン神父によりカトリックに復帰し、ペリー神父が明治41年に現在の天主堂を完成させました。現在館内は資料館になっています。
画像聖堂前の庭には両神父の銅像とともに、五島出身で26聖人の一人である聖ヨハネの殉教像が立っています。ヨハネ五島は、1597年大坂で捕えられ、長崎まで800km,33日間引き回された後、西坂において他の信者・神父25名とともに十字架上で殉教したのでした。当時19才の青年でした。聖ヨハネ五島聖骨は、西坂からマニラ、マカオ、大浦天主堂を経て、資料館開設時に里帰りしたとのことです。資料館には、この他、かくれキリシタン資料(経典であるオラショ、教会暦、マリア観音等)が展示されています。
画像福江島南端には鬼岳から流れ出た溶岩の海岸が7km続き亜熱帯植物が茂っています。五島の殿様が馬で通行中鐙が切れ、陸路をあきらめ海路に切り替えたので、鐙瀬溶岩海岸という地名になったのだそうです。
画像五島椿です。
幻の椿「玉の浦」は、ヤブツバキの一種で赤い花弁の縁を白い縁取りで包まれています。突然変異で生じたのですが、今では全国各地に植えられています。椿油は当地の特産品の一つであり、バラモン凧、サンゴ、多くの海産物、五島牛などが産物として挙げられます。なお、福江島の人口は約3.6万人です。久賀島。奈留島を合わせ現在は五島市になっています。

五島列島旅行記(その3)----長崎26聖人殉教地

五島列島が世界遺産に登録されたので、先週3泊4日の旅をしてきました。
帰途、上五島からの船と長崎空港からの飛行機を乗り継ぐ間に、日本二十六聖人殉教地と記念館を見学しました。五島列島旅行記の前に、まず長崎の二十六聖人殉教地・記念館から紹介します。
画像長崎駅から徒歩8分ほど、坂道を登った丘が西坂公園で、そこに26聖人をレリーフした記念碑とその背後に記念館があります。1597年豊臣秀吉の命令で外国人宣教師6人と日本人キリシタン20名がここで処刑されたのでした。
画像
発端は、1596年土佐に漂着したスペイン船の乗組員が「宣教師は信徒を増やし、やがて日本を占領する」と言ったことに秀吉が激怒し、宣教師・信徒合わせて24人の処刑を命じ、写真のように、京都から長崎まで約900kmの道を1ヶ月かけて歩かせ、途中加わった2人を含め26人を、信徒の多い長崎の西坂の丘で十字架に磔にされたのでした。(写真をクリックすると拡大し字も読みやすくなります。)
画像「日本での26人殉教」は国外で大きな反響を呼び、殉教から265年後の1862年ローマ教皇は26人の殉教者を「聖人」に列したと言われています。禁教となった江戸時代、キリスト教徒は絶えたと思われていたのでしょうが、1854年に日本の鎖国が解かれ、外国人や神父が数多く来日するようになり、それまで隠れてキリスト教の信仰を守っていた隠れキリシタンが多数残っていることがバチカンにも知らされ、驚きとともに、あらためて殉教した26人を列聖したのだと思われます。
信徒として潜伏している間、仏教徒を装い、祭壇を仏壇風にし、写真のマリア観音も幼子イエスを抱いた聖母マリアを観音像にして信仰を続けていたのでした。マリア観音は中国製が多かったそうですが、この観音像は国産平戸製です。
画像写真はフランシスコ・ザビエルが来日前にバタビアでポルトガル王に宛てた直筆の手紙です。この他、記念館には、経典に使っていた「オラショ」や26聖人ゆかりの品が多数展示されています。フラッシュなしでの写真撮影は許可されています。

虐待される幼い子供の悲鳴に全く機能しなかった大人社会

画像千葉県野田市の小学4年の女児が長期にわたり  父親から虐待を受け死亡させた事件では母親も虐待に加担したとして両親が逮捕されている。野田市の児童相談所は虐待について第三者から通報を受けても「無関係の人からの通報ですぐに動くわけにはいかない」と言い、一方、いじめのアンケート調査で「秘密は守りますから正直に答えてください」と約束しながら、父親の高圧的態度に服して本人の書いたアンケート用紙(記入当時女児は3年生)を加害者である父親に渡していたと言う。今回の殺人事件に児童相談所が加担したようなものだ。学校にしても教育委員会にしても、女児の保護を求めている小さな声に全く無能だったことが情けない。
この他にも、幼児を虐待する事件が各地で起きており、幼い子供への体罰・暴力を禁じ、死に至る事態の前に介入できる法改正が必要なのだろう。

 チンパンジーや他の哺乳動物に比し、人間は生まれるのが早すぎるのが特徴だ。3年くらいは誰かが育児をしないと生きてゆけない。母親だけでは育児が難しく周りの助けが必要なのだ。チンパンジーは生まれて後、おとなしくて自立するのも早いが、それでも母親は4年間は授乳・育児に専念する。集団で生活しており、その間交配もしない。チンパンジーと異なり人間の赤ちゃんは夜中でも大声で泣く。泣くことにより言葉を発する練習をしているのだ。そう思えば夜泣きにも我慢できるし、幼児期の反抗期を経て自己が形成されることを親は知っておくべきなのだ。昔は大家族で、年長者が助言や手助けをして子育てを助けていた。特におばあさんの存在が大きかったと言われている。人間以外の哺乳動物の雌は閉経後しばらくすると命が終わる。人間のおばあさんは長生きだ。200万年の人類の歴史の中で、おばあさんの存在が人類の進化を助けたという学者もおられる。ところが、核家族社会になって、おばあさんの活躍する場が狭まったのかも知れない。核家族化は避けられないのだから、中学校の家庭科や道徳の時間に、育児にあたっての子供の心理や対応の仕方を教育しておくべきなのだと思う。いじめを減らすには、小学校の時から、「正義には勇気を持て。見て見ぬふりをするな」「弱い者や困っている者には手をさしのべよ」といったことを教育しておくべきと思われる。虐待や、いじめが起きにくい社会になって欲しいものである。

異常寒波の原因は地球温暖化?

この冬、異常寒波が日本や米国に襲来しました。
4日前の2月9日には北海道の各地で氷点下30度を超える寒波と降雪が襲い、関東も大雪になる可能性もあるとの予報で身構えていましたが、大雪にはならずにすみました。
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当地横浜も9日朝の気温は氷点下、日中も1~2℃で、2cmくらいの降雪でした。写真は9日午後5時頃の自宅窓から撮ったものです。
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米国は1月下旬から異常寒波が襲い、米国中西部では氷点下40℃を超える寒さでした。写真は消火の水が凍ってしまった火事現場です。米国トランプ大統領は、かねてから「地球温暖化はウソ」と言ってパリ協定から脱退したのですが、今回の寒波に「いったい地球温暖化はどうなったんだ? 戻ってきてくれ、必要なんだ!」とツイッターでうそぶいていたようです(寒波で多数の死者が出ているのに不謹慎との声があがり、ツイッターはその後削除したようです)。
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米国南東部のノースカロナイナ州の池が凍り、ワニが冬眠に入った写真です。6500万年前、寒さと食料不足で恐竜は絶滅しましたが、ワニは生き延びた生命力を今回も発揮しているようです。
異常寒波の原因に地球温暖化が挙げられています。
画像地球温暖化の影響は、高緯度ほど気温上昇が大きく、北極地域の気温上昇は世界の平均気温上昇の2倍以上と言われています。図は横軸が1月から12月までの月、縦軸は各月の平均気温を示しています。特に今年は北極の気温が、赤い線のように異常に上昇しており、米国は北極よりも低温を経験したようです。
画像北極地域の気温が上がると上昇気流が発達し、本来極地に留まっている寒気の環が中緯度地域に押し下げられてくるようです。高緯度を回っているジェット気流は本来寒気(極渦)の南下を妨げているのですが、極地と低緯度との温度差が縮まると、ジェット気流が弱まり、南に弯曲するようになり、寒気(極渦)が日本や米国のような中緯度地帯まで押し下げられて、結果として異常寒波の原因になっているようです。
夏の暑さと冬の寒さが増し、気候のよい春秋が短くなるのは淋しいですね。なんとか、気候大変動を抑える対策を世界各国が真剣に取り組んで欲しいものです。

平成最後の年は----1ヶ月を振り返って

世界は先行き厳しい不安定な情勢で、日本にとってもリスクの大きい一年になりそうです。
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今月22/23日の安倍・プーチン会談では、ロシアに北方領土を引き渡す気が全くなく、先方は経済協力と日露平和条約早期締結を要求するだけで終始したようです。
北朝鮮の非核化を巡って2月下旬に米朝首脳会談が開かれると言われていますが、人工衛星等各種情報によると、北朝鮮は着実に核開発を進めているようであり、「将来の非核化」と言いつつ、核兵器を手放すつもりはなさそうです。人道支援や南北交流を名目として、北朝鮮は、韓国・中国・ロシアからの経済支援を増やしており、国連経済制裁も骨抜きになりつつあるようです。国連安保理は、韓国がこっそり北朝鮮に石油を渡したことを指摘しています。また、韓国は国防白書で、北朝鮮の「敵国」との記載を削除し、日本の「同盟国」表示が消えたようです。韓国文政権は南北統一を急いでおり、最悪シナリオは、核兵器を保有した南北統一朝鮮反日国家が誕生することです。

米中貿易摩擦も収まりそうにありません。画像
地図は、各国がどこを最大貿易相手国としているかを表示しており、米国(青)とともに、今や中国(赤)の存在感がいかに大きいかが分かります。米中貿易闘争は、中国経済の減速だけでなく、世界経済の不況につながる可能性が大きいです。米国FRBも昨日、世界経済の先行き下振れリスクが大きいと言っています。
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明るいニュースとしては、大坂なおみ選手(21才)が今月26日全豪オープンテニスで決勝戦を7-6、5-7、6-4でチェコのクビトバ選手(27才)に勝ち優勝し、世界ランキング1位になったことでしょうか。第2セット5-4の後の先方サービスをLoveFortyと3個のチャンピオンポイントを迎えながら、クビトバ選手の5連続ポイントで逆転され、次の大坂サービスもブレイクされて第2セットを失った時は感情的にも落ち込んでそのまま大坂は負けるのかなと思いましたが、トイレブレイクの後は見違えるように立ち直り、その精神の切り替えに感服しました。クビトバ(写真の後に立っている)は四大大会で2度も優勝した実力の持ち主でしたが、自国で強盗に襲われ利き手の左手を大怪我して一時は復帰不可能と言われていたのが今回決勝戦でも冷静にして強靱な試合運びで世界ランキング2位に復帰したのは流石と思いました。大坂選手は、ハイチ人の父と日本人の母を持ち、日本生まれながら4才からは米国暮らしで、日米二国の国籍を持っているようです。シャイなところは日本人的ですが、強靱な筋肉と自然体の言動は、今までのヤマトナデシコとは異なる新人類ジャパニーズの印象であり、これからが楽しみな選手です。

2018年を振り返って

今年も大晦日となりました。
平成30年を一字で表すと「災」だそうですが、この一年様々な災害に遭い、世界は混乱の中で年が変わろうとしています。
日本は、大阪周辺と北海道胆振東部の地震、西日本豪雨、台風21号と24号によって大きな被害を受けました。豪雨と酷暑そして強烈な台風は、地球の気候変動と関わりがあると言われています。

世界の多くの国は「自国第1」の旗のもとに、世界全体の平安や国際協調は無視されつつあります。
米国トランプ大統領は「移民排斥、メキシコ国境への壁建設」「国民皆保険(オバマケア)廃止」「貿易赤字対象国(知的財産驚異も含め、特に中国)への関税高額化」「多国間自由貿易協定(TPPなど)撤退」「気候変動条約から撤退」など多くの反対を押し切り、身内の利益と自身への支持者に気に入る政策を強引に進めようとしており、米国は分断国家になりつつあるようです。
米国が世界でのリーダーとしての存在感を失っている間に、世界は混乱に向かいつつあるように思えます。北朝鮮の核兵器廃棄問題についても、トランプ・金正恩の電撃的会談を実現したものの、その後北朝鮮は中露韓からの支援をえて経済封鎖を無力化し核開発は密かに続けているようです。中東への軍介入についても首尾一貫せず、思いつきで場当たり的外交のようにも見え、シリヤはロシアが影響力を増しています。
英国は脱EUの道筋を見つけられず混迷しており、フランスは燃料税を発端に大統領の政策に反対するデモが暴徒化するなど混乱しています。EU内でも南北の対立があり将来が不透明です。

一方、日本は如何でしょうか。
選挙を意識しての大衆迎合的政策が横行し、財政健全化、医療費高騰歯止めへの福祉税制一体改革、過剰な規制見直し、農業改革、憲法改定、長期エネルギー政策、周辺海域の警備防衛体制など大事な問題は先送りされています。1990年代に比し、米国経済は2倍、EUは1.7倍に拡大しているのに、日本はほぼ同レベルで止まっており、このままでは、日本だけが取り残され衰退していく可能性が大です。
経済面でも、米国の混乱に端を発した株価暴落が日本にも及び、日本も株価暴落の中で新年を迎えることになりました。政治。経済ともに将来に不安を抱えた年末でしたが、来年は、政治・経済・産業・科学技術ともに、将来を見据えて課題を一つ一つ解決していくリーダーが求められています。

どうぞ皆様佳い年を迎えられますよう!




北海道全停電(ブラックアウト---本年9月胆振地震時)の教訓

今年9月6日深夜の北海道胆振東部地震発生から18分後、北海道全体が停電した事故の原因究明と再発防止策の検討を依頼された検証委員会の最終報告が12月22日に確定し公表されました。なお、全停電から全体が復旧するのに45時間を要しています。
地震発生からブラックアウトに至る18分の経緯は下の図表に要約されています。
(図をクリックすると細かい字も読めると思います。)
画像
北海道全土が停電(ブラックアウト)になったのは、
1)震源地に近い苫東厚真火力発電所1、2、4号機の停止
2)それまで道東の水力発電所が道央に送電していたのが、地震により狩勝幹線(送電線)が地絡し、道央と一時分断され、道東の周波数が急上昇した(道東で需要より供給が過剰になった)ため、水力発電所が停止した
この1)2)を複合要因としています。
一時、本州からの融通等で周波数は回復させたが、苫東厚真1号機が停止すると、周波数調整機能が発揮できず、ブラックアウトに達したと述べています。
当時、需要309万kWに対し165万kWの供給を苫東厚真発電所に依存していた一極集中が問題であったとともに、周波数調整機能を有する京極揚水発電所(20万kWx2台)が作業のため停止していたことも不運な状況を作っていたといえます。

北海道は冬の電力需要がピークになるので、今冬の再発防止策として、
1)受給アンバランスが生じた時に、負荷遮断する量を35万kW追加
2)京極揚水発電所の運転を前提とした苫東厚真3台稼働
3)周波数が47Hz以下に低下した場合でも、需要の30乃至35%以上運転継続が可能な電源を確保
を掲げています。泊原子力発電所の再稼働時期が見通せない中で中長期対策としては
1)本州との連携容量を現在の60万kWから90万kWに設備増強
2)石狩湾新港LNG火力発電所の新設
が以前から進められており年度内に完成するそうです。

北海道全体の停電と言っても、利尻島や礼文島など、送電系統がネットで繋がっていない所は停電していないのですから、将来は地域ブロック毎に連鎖反応を防止することも考えなければいけないのでしょう。

画像また、全停電の2日間、北海道を本拠とするコンビニエンスストア「セイコーマート」は、電気自動車バッテリーから電気を取り出して、レジとLED電灯を生かし、ガス炊飯器で握り飯を作って100店舗で営業を続け、緊急時の食料供給に貢献したと言われています。電気に全面的に依存している現代社会にあっては、いざという時のための「自助」努力も大事かも知れません。写真は我が家のプラグインハイブリイド(PHEV)車の非常時電源取り出し口です。

函館観光旅行

10月22日(月)~24日(水)函館観光に出向きました。
画像往路は新幹線、帰路は航空機を使うことにしました。
列車が青函トンネル (全長53.85km、海底部分23.3km)に入ると写真の如く前方電光掲示板にその旨表示が出ます。東京から函館北斗駅まで4時間の旅です。ホテルはJR函館駅近くにとりました。
画像
ホテルから歩いて10分ほどのところにある青函連絡船「摩周丸」を保存した記念館を見学。夜は回転寿司「函太郎」で夕食をとりました。写真は函太郎前の宇津浦海岸です。写真をクリックすると拡大します。左側遠くに見える島影は本州下北半島です。夕方になりイカ釣り舟の明かりが見えます。石川啄木・土方歳三記念館もこの近くです。
画像翌日は定期観光バス 1日コースで、朝10時から夕方5時までの観光です。元町には1859年函館開港当時から明治大正時代の洋館や和洋折衷住宅が並んでいます。特に目を引くのは多数の教会の建物です。この写真はロシア正教の函館ハリスト正教会で1860年創立、その後大火で焼失したのを1916年に再建されたものです。この他、1859年に建てられたゴシック様式のカトリック元町教会、1874年創設のプロテスタント教会、聖公会聖ヨハネ教会などが立ち並んでいます。江戸時代末期・明治初期はキリスト教が弾圧されており、隠れキリシタンと言われる人達を含め多くのクリスチャンが函館に渡ってきたのだそうです。
画像元町は見晴らしの良い山手で、その海側ベイエリアには赤れんが倉庫群が並びます。横浜赤れんが倉庫よりも沢山の建物が並び、建物内は土産物・宝飾・衣服など多種の店舗が並び賑わっています。遠方の山は函館山です。
画像江戸幕府は1802年に蝦夷奉行(のちに函館奉行)を設置。奉行所は当初、元町にありましたが、外国の軍艦から砲撃される距離にあり、1857年函館奉行所を守るため五稜郭を建設。石垣で5つの星型にしたのは、5つの頂点に大砲を設置し、死角をなくし相互に援護しあって敵の侵入を防ぐのに効率的という考えのオランダ式城塞とのことです。1868年~69年の箱館戦争の舞台になりました。地上90mの五稜郭タワー展望台からの写真です。360度見渡すことができ、1階には当時の大砲などが展示されています。
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修道女のためのトラビスチヌ修道院です。1898年に設立され、酪農と農耕で生活し、バターやクッキーは土産物として売られています。
画像函館山には元町近くの山麓から山頂までロープウェイがあるのですが、偶々年1回の定期検査期間にあたっており、往路はタクシー、帰路は定期バスで往復しました。山頂展望台の下には全面ガラス張りの展望レストラン「ジェノバ」があり、夜景を満喫しながら食事を楽しみました。
最終日は、元町とベイエリアを散歩し、自由市場を見学した後、空港に定期バスで行き、羽田空港に戻ってきました。天候にも恵まれ、ゆったりとした快適な旅でした。

プロゴルファー中島常幸氏の講演(バンカーショットの練習法など)

今日は、中島常幸氏(注)による「ゴルフから与えられたもの」という題目の講演を聴きました。
少年時代から厳しい父親のもと、プロになっても「青木、尾崎に勝て」と目標を与えられ、先輩ながらライバルとして2人に勝つ方法を「青木には、パッティングで2倍の時間をとるなど、相手をいらつかせ怒らせる。ジャンボ尾崎には、彼の自慢を全く無視する。」ことで成功した等の苦労話ととともに、プロを目指す後進の指導にあたって、大事な所で励ます効果等を話されました。不器用でバンカーを苦手とする中学生の少女には、5番アイアンでの徹底した練習を課したそうで、5番アイアンで球が出るようになればサンドウェッジなら楽にでるようになったそうで、その後彼女は選手権で優勝するにまで至ったのだそうです。
画像その後の懇親会での写真です。向かって左から2番目が中島プロです。「私はバンカーが大変苦手なので、先ほどの話はヒントになったのですが、5番アイアンは若者向きだと思うので、年寄はどうしたらよいでしょうか」と質問したところ、「8番アイアンで練習したらよい。3時間練習すれば必ず球が出るようになる。クラブは開いて、石で水面を水切りする要領だ」とスイングで示してくれました。
(注)中島プロの略歴-----64才。21才でプロテストに合格して以降、日本オープン4回優勝など優勝64回、賞金王4年連続、日本人選手として初めて四大メジャー全てでトップ10入り(2人目は松山英樹)。現在はプロゴルファーとして後進の指導にあたっている。
(感想追記)3時間バンカーショットの練習を続けたら腰痛になりそうなので、30分づつ6回に分けての練習ではどうでしょう???

三浦半島バス旅行

1週間前の10月6日(土)町内自治会の三浦半島日帰りバス旅行があり参加しました。8時20分出発の予定が全員集まりが早く、8時15分には発車していました。40名ほどの参加でした。
画像横須賀のJA直売所に立ち寄り採りたて野菜を買うなどした後、横須賀長井海の手公園ソレイユの丘に行きました。入場無料の広い園内には畑や温室があり、芋掘り収穫体験コーナーもあります。
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写真はコスモス花畑です。コスモス祭の最中でしたが、9月30日夜通過の台風24号の暴風と塩害でコスモスは全滅。生き残った花がわずかに顔を出しています。
画像園内には動物たちと触れ合えるカピバラ・カンガルー広場(写真)、アルパカ広場、うさぎ広場等があります。
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昼食は三崎港の食堂でマグロ丼定食です。通常料金は1600円とのことですが、マグロの一切れの厚みが普通の2倍はある満足感ある昼食でした。
画像三浦半島の名の由来である三浦氏一族は北条氏(北条早雲の時代)に滅ぼされました。また、戦国時代は房総半島対岸の安房国・里見氏の水軍にしばしば攻められ、この三崎港は当時の水軍の船団で溢れかえっていたそうです。写真の右の建物は「三崎うらりマルシェ」で海産物を土産に買い求めていました。
画像城ヶ崎公園の奥にある房総半島南端の安房崎灯台です。房総半島は2千万~3千万年前、太平洋プレート上に降り積もった海中堆積物が大陸プレート下に沈み込む際に堆積物(付加体)が剥離して積み上がり約50万年前に海面上に隆起して出来たのだそうです。
画像対岸の房総半島がうっすらと見えます。高い山は鋸山のようです。
次の訪問先は油壺マリンパークです。昔はこの場所に三浦一族の最後の居城・新井城があった由です。北条早雲の軍に攻められ3年間の籠城の末、三浦氏は1516年に滅亡しました。
画像油壺マリンパークは珍しい生き物だけでなく、相模湾や海洋の生態が見られる設備として工夫されているとのことです。約400種類の生き物がいるそうです。写真はミノカサゴです。

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世界最大規模600トンのドーナツ型大回遊水槽にはイサキ、ハギ、アイゴ等の群とオオメジロザメが共存しています。

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ペンギンの島です。





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イルカ・アシカの屋内ショー劇場です。
帰りのバスは途中トイレ休憩の後、 6時20分無事地元に戻ってきました。野菜や干物をぶらさげて家まで坂道を3分、天候にも恵まれた一日でした。

箱根の秋の花

箱根湿生花園と仙石原周辺の秋の花を紹介します。
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アサマフウロは、浅間山麓に多い、山辺の草地に咲く花とのことですが、国の絶滅危惧種の一つだそうです。


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サクラタデは本州から沖縄までの水辺湿地に育つとのことで、花期は8~10月です。


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サギソウです。白鷺が飛ぶ姿に似ており、育つのは低地の湿地に限定されるそうです。7~8月の花ですが、箱根では9月でもまだ見ることが出来ました。

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イワシャジンは関東南西部から中部南東部の山地の岩場に見られる山野草で、9月中旬~10月上旬の花です。


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サワギキョウです。山地の湿った草地や湿原に自生・群生し、8~9月が花期です。
写真は箱根湿生花園の湿原から仙石原のススキ道を撮ったものです。
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9月24日(休)は箱根仙石原のススキ祭の日でした。ススキは日当たりの良い山野に生え、沖縄などでは常緑ですが、本州では夏緑で冬に枯れますが、種子に白い毛が生え、穂全体が白っぽくなり、秋らしい風情を感じさせています。




北海道地震後なぜ電力不足が続いているのか

画像9月6日(木)午前3時7分に北海道胆振中東部を最大震度7が襲いました。今日8日の時点で死者23人、心肺停止12人、さらに5人が安否不明で、約4万人の自衛隊・消防隊等が捜索と復旧にあたっています。(追記9/25最終的に死者は41人。写真は9/7のNHKテレビ画面を借用)

一方、地震後、北海道全体が停電(ブラックアウト)状態となり、現在も一部に停電が続いており、電源の復旧は現在約8割と言われています。7日夜までには本州から60万kWの融通と北海道内各社の工場自家発電設備から50万kWの供給を受けていますが、8日現在供給不足は続いており、政府は電力復旧地域での節電を呼びかけ、節電が不十分な場合計画停電もありうると警告していました。

地震発生直前の北海道の電力需要(負荷)は309万kWでしたが、その約半分の165万kWを震源に近い最新鋭苫東厚真石炭火力発電所に頼っていました。地震発生で苫東厚真火力が止まってしまうと、需要と供給のバランスが崩れ、電気の周波数が正規の50Hzを維持出来ず下がってしまいます。各発電所は自分の機械設備が壊れる可能性を避けるため、ある基準値(47Hz以下)になると、自身を送電系統から切り離し発電を止めてしまいます。この連鎖反応で、地震発生後短時間で、北海道の全発電所が電気を送らなくなりブラックアウトが生じたのでした。(注)
本来、北海道管内には発電設備として、火力405万kW、原子力207万kW、再生可能エネルギー363万kW(太陽光133万kW、風力39万kW、水力165万kW、バイオマス24万kW、地熱2.5万kW)、その他合計1000万kWを有しているのです。
北海道は冬に電力需要は最大となり500万kWを超えるので、定期検査や故障の停止も考慮し安定した電力供給のためには、この程度の発電設備は必要と思われます。今回残念だったのは、泊原子力発電所が原子炉3基で電気出力207万kWの能力を持っていながら停止していたことです。

2011年3月の東日本大震災による東京電力福島第1発電所事故を契機として、国内全原子力発電所が停止させられました。2013年春に福島事故を教訓とした新規制基準が公布され、泊の原子炉3基も2013年7月に新基準への適合審査を申請したのですが、5年2ヶ月経過した現在も原子力規制委員会によって店晒しになっているのです。元々東電福島とは炉型の異なるPWR (加圧水型 )は、福島のような津波で全電源喪失になっても、あの様な炉心溶融大事故には至らなかったと言われており、既にPWRの炉を持つ関西、九州、四国の原子炉9基は再稼働を開始しているのに、北海道のみ取り残されているのです。今回の地震に遭遇し、再稼働していなかったのは規制側の恣意・怠慢のせいと言われても仕方がないと思われます。泊原発の地域は今回震度2であり、さらに強固な地盤に固定された原子炉の揺れは周辺の数分の一程度なので、今回の地震でも問題なく発電を継続していたと考えられ、ブラックアウトは生じなかった可能性が高いです。今回の停電で室内に発電機を置き一酸化炭素中毒で2人の方が亡くなった事故は避けられたと考えられます。

また、発送電復旧にあたって、再生可能エネルギーは363万kWの設備容量がありながら、このような緊急時には水力の一部を除いて全く役に立っていないことも、将来の電源構成を考えるにあたっての注意事項です。
苫東厚真発電所は3基のボイラー・タービン・発電機から構成され、地震の大きな揺れで3基とも損傷(ボイラーチューブ破損、タービン損傷など)しているようで、修理復旧にはかなり時間がかかりそうです。苫東厚真に全面依存する以外の緊急対策が必要なようです。
北海道が1日も早く元気な姿に戻ることを祈っています。

追記(9月25日):
大停電に関し現在調査検証が行われています。苫東厚真3基のうち、2号機(出力60万kW)と4号機(70万kW)は地震発生後数十秒でタービン振動大による自動停止。水力・風力を含め合計180万kWの供給力が失われたため、需給バランスを計るため143万kWの負荷を強制遮断、その後、本州からの融通電力も徐々に増え、地震発生10分後には周波数がほぼ50Hzを回復したそうです。情報収拾のための照明・テレビの電力需要が増えたこともあり、再び需給バランスが崩れ、更に強制停電操作を試みたものの、苫東厚真1号機(出力35万kW)のボイラーチューブ破損が進行し出力が低下し、地震発生17分後に1号機が停止したのを契機に周波数が急低下し他の火力も連鎖的に停止しブラックアウトが発生したようです。
その後、1号機の修理が終わり再稼働、今日4号機も戦列に復帰し、現在ピーク時供給力は461万kW、本州からの緊急時融通を含めると511万kWが確保できたと北海道電力が公表しています。3号機のボイラー修理には時間がかかることもあり、冬場の需要増に対し「無理のない範囲での節電」を呼びかけています。住宅被害、観光客激減や産業への影響も大きく、多様な支援が必要と思われます。

小笠原クルーズ観光(その3)----母島及び島々

画像小笠原村の中で、母島は広さ21km2、人口470人、父島から船で2時間、商店は3軒しかなく、昼の食事処もないので、島民の生活環境を乱さないため、にっぽん丸からの船客は午前、午後に分かれ、各班80人ずつ小型ボートで沖港に上陸し、母島滞在時間は3時間10分に制限されました。村の中心(沖港)近くの鮫ヶ崎展望台からの写真で、前方の島は向島です。
画像母島に最初に定住したのは、1857年英国人モットレイ夫妻、次がドイツ人捕鯨船員フレデリック・ロルフス(通称ロース)、彼は日本人として帰化しました。ロースとモントレイは母島を開拓し、建材や道具作りに有用な石材を発見し、島民はこれを「ロース石」と呼んだとのことです。写真のロース記念館は、1913年にロース石で建てられた倉庫を移築復元し、屋根は戦前の民家の屋根を伝承したビロウ葺きとし、中は人々の暮らしと歴史の郷土資料館になっており、東京都文化財に指定されています。
画像沖港から徒歩10分ほどのロース記念館から沖港に向けて歩いてくるとすぐに、小中学校(児童生徒合わせて41人)、村公民館、村役場、保育園(園児20人)が並んでいます。その先に前浜ガシュ下と称するガシュマルの広場があります。近くの農協や漁協の売店は休業中。船客待合所売店で、海底で1年間熟成させたラム酒を買いました。
太平洋戦争前は母島にも2000人が暮らしていましたが、1944年全島民強制疎開させられ、その後米国統治下から1968年に返還されるまで、母島は無人島だったため、島はジャングル化し、一般島民が戻れるようになったのは1973年だったそうです。父島の最高峰(中央山)が319mなのに対し、 母島の最高峰は463m(乳房山)のため、雨雲が山にぶつかり、父島よりも母島の方が降雨量が多いのだそうです。
画像沖港の公園には野外ステージがあり、地元の人達による南国踊りが披露されました。小笠原はミクロネシアとも交流があり、そこの踊りが取り入れられたようです。
画像母島から出航後、船はクジラの群れに遭遇。クジラの姿はうまく写真に収められませんでしたが、複数のクジラが潮を吹いているのが判ります。
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父島・母島の西130kmに西之島があります。西之島は海底火山活動によって出来た火山島で、2017年から噴火活動が活発になりましたが、その8月以降噴火は確認されていませんでした。今年7月12日と13日に海上保安庁が噴煙と溶岩流出を確認したとの情報があり、夜中ですが7月16日と17日の2回、回り道をして特別に西之島を見に行くことになりました。午後11時過ぎ、闇の中の噴火の模様です(JTBカメラマンの撮影)。島から2kmの所まで接近しましたが、これ以上近づくと危険とのことです。火口は常時見えていますが、間欠的に生じる激しく赤い噴火は「ゴーオ」という音を伴って聞こえます。その際は海面が赤く映えて見えます。



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帰途、孀婦岩に接近し岩を1周見物しました。東京の南650km、鳥島の南76km、標高99m、面積0.01km2、マグマが硬化して出来た玄武岩です。カルデラ海底火山の外輪山(活火山)の頭が海上に突出しているのです。南西2.6km、水深240mに火口があります。英国人ジョン・ミアーズが香港から北米に向かう途中に目撃、旧約聖書で神に背き塩の柱になった女性に見立て「Lots wife(ロトの妻)」と名付けたのを「Lost wife」と聞き違え、孀婦岩(Sofu gan)の名になった由。確かに、幼子を胸に抱えた女性にも見えます。この他、外国人が発見した島が多く、須美寿(スミス)島、ベヨネース列岩等の名前がつけられ、渡り鳥の休憩地になっています。
画像鳥島は東京都心から580km、八丈島の南300kmに位置し、海底火山の南縁を形成する直径2.7km、最高峰(硫黄岳)394mの二重式成層火山島で現在は無人島になっており、上陸には許可がいります。にっぽん丸は鳥島を一周してくれました。昔はアホウドリの天国で、数百万羽が一斉に飛び立つと島が真っ白に浮き上がるように見えたといいます。江戸時代漂着者は百名ほど、島から脱出できたのは15例以上だそうです。ジョン万次郎は、土佐から漁船で流され143日鳥島で一人暮らし米国捕鯨船に救出されました。
アホウドリは人間を恐れず簡単に捕まえることができ、羽毛が高く売れることに目をつけ、明治初期に移住者が増え、玉置半右衛門らが組織的に捕獲し、搬出に軽便鉄道を作ったりして、1887年から捕獲禁止となった1933年までの間に千万羽が乱獲されたと言われています。1902年の噴火で当時の島民125人が全員死亡、アホウドリの祟りと言われたそうです。アホウドリは全滅したと思われましたが、1952年鳥島気象観測所長が南海岸燕崎(写真右下の黄緑色の斜面)に小規模なアホウドリコロニーを再発見。多分急斜面で天敵から守られていたと推測されています。
画像その後大切に保護され、今年は4200羽、雛も460羽が確認されています。現在は山階鳥類研究所を中心に保護活動がなされています。西岸の初寝崎は緩い斜面の緑地で、そこにデコイ(アホウドリの人形)と鳴き声のスピーカーを置き、アホウドリが鳥島に集まるのに寄与しています。写真に見える建物は、終戦後米国占領下では日本最南端の島として鳥島に気象観測所が設置されていた当時の常駐観測員の住居等で、1965年の再噴火で隊員は退却しました。小笠原が返還されたこともあり、観測所は閉鎖され、現在は保護活動出張者の宿舎として利用されています。
アホウドリは10月頃鳥島に戻ってきて雛を産み育て、4月頃南に向けて飛び立ちます。それまで親から餌をもらっていた雛鳥は1ヶ月絶食状態で体重を減らし5月には南に飛び立って行くそうです。人間とともにやって来たネコとクマネズミが天敵で、ネコはいなくなったが、クマネズミはまだ駆除されていないそうです。今、地球上のアホウドリの大部分が鳥島を営巣地としているとのことです。
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鳥島の近くではトビウオの群れが眺められました。写真は、トビウオをカツオ鳥が捕まえた直後です(写真をクリックすると拡大します)。カツオ鳥は今が雛を育てる大事な時期なので、トビウオは格好の獲物なのです。

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横浜寄港前夜は「洋上の夏祭り」が開かれ、盆踊り大会(写真)や屋台など盛況でした。
翌朝8時50分横浜港大波止場に着岸。旅行中、天候に恵まれ、波も穏やかで、元気に無事旅行を終えることができました。

小笠原クルーズ観光(その2)----父島観光

父島は面積23.45㎢、人口は2140人。産業としては一次産業1割、二次産業2割、三次産業(観光、飲食)7割だそうです。フルーツ、魚介類、ラム酒、コーヒー等が観光と共に産業を支えています。
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観光タクシーで午前中3時間島内を観光しました。タクシー予約時刻の前に、まず村の中心部の大村地区を徒歩で観光。大神山神社に向かう途中の展望台からは二見港と大村集落が一望出来ます。
画像写真の聖ジョージ教会は欧米入植者によって1909年に建立されましたが、戦時中に焼失。戦後に再建されました。



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観光タクシーで大村から7分程行くと、父島西側のウェザーステーションと呼ばれる三日月山展望台です。
前方左遠くに50km離れた母島が見えます。下を見ると海の色が南国、ボニン・ブルーです。


画像3km東の長崎展望台です。右手に突出した岬が長崎。周辺の崖には枕状溶岩が見られます。


画像今から2600~6000万年前、海底火山爆発で粘性の低い溶岩が急激に海水で冷やされ、境目が黒色ガラス質の殻で囲われた枕の形をして海底に積み重なって堆積し、その後隆起したのだそうです。


画像そこから近くの夜明山の森中には、旧日本軍の基地跡の建物が残されています。一時2万人の兵士が駐在しており、 島民が本土に強制疎開となった後も軍の通信基地が残りました。本土決戦に備えた最後の砦として、壕や高射砲、発電所の跡が残っています。直接の戦場にはならなかったものの、米軍による空襲は相当酷かったらしいです。
画像二見湾内奥の境浦海岸には太平洋戦争中1944年に魚雷攻撃を受けた後、座礁した濱江丸の赤錆びた残骸が見えます。
画像小笠原海洋センター(民営)ではウミガメの飼育が行われています。ウミガメは父島の海岸の砂地に穴を掘り産卵しますが、高潮に攫われたり動物に食べられたりして、1万個の卵から育つのは数個とのことです。ここでは、主としてボランティア達が卵を孵化させ、子がめを飼育し、ある程度成育したら海に返してやるのだそうです。
画像昼食は、街中の寿司居酒屋で島寿司とハタハタの味噌汁を満喫。午後はオプショナルツアーで「南島海域公園ボート遊覧」に参加しました。1艘に12人くらいの観光客を乗せた大型ボート、漁船兼用と思われます。父島南端付近の写真です。写真で左側遠方は父島、右側は南島です。
画像父島の南端を回り込むと、父島南岸の円縁湾に面した断崖絶壁、千尋岩です。赤い岩肌がハート形に見えるのでハートロックと呼ばれ、ガイド付きトレッキングコースとして人気が高いとのことです。
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南島の全景です。






画像南島の断崖は沢山のカツオ鳥が住んでいる営巣地になっています。今が雛を育てる時期のようです。


画像本船に戻り、本船が二見沖を出港すると、大漁旗等を立てた漁船が多数港出口まで併走し、手を振ってお見送りをしてくれます。

小笠原クルーズ観光(その1)

画像JTBが企画した出発帰港とも横浜の小笠原父島母島クルーズ(7月14日出発5泊6日)に参加しました。写真の「にっぽん丸」は、商船三井が運用している客船で、三菱重工神戸造船所製、1990年竣工。22,472トン、全長166m、幅24m、8階建、最大出力21ノット(時速38km)、最大定員202室(1~6階) 524人、乗組員数230人と記されています。
画像夕食の後、7時30分から30分間ほど横浜港山下公園の花火を船上から見物。背景はランドマークタワーなどMM21と大波止場に停まっている「飛鳥Ⅱ」です。








画像午後8時半に出港。横浜ベイブリッジの下を通過時の写真です。

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東京都小笠原村は都心の南1000km。30余の島々から成り総面積104㎢。太平洋プレートがフィリピンプレートの東縁に沿って沈み込むことによって誕生。大陸と陸続きになったことのない海洋島なので動植物に多くの固有種が残されています。気温が32℃以上になることはなく、冬も12℃以下には下がらないとのことです。
小笠原父島まで35時間かけて航海します。地図はクリックすると少し大きくなります。
小笠原諸島は長く無人島のようでしたが、1670年紀州を出港したミカン船が母島に漂着。八丈島経由で下田に生還し、幕府に島の存在が報告されました。1675年幕府は調査団を派遣し「此島大日本之内也」という碑を設置。
一方、1727年信州小笠原貞頼の子孫を名乗る浪人小笠原貞任が幕府に対し島の領有権を求め、以降「小笠原島」と呼ばれるようになりました。その後、貞頼が1593年に「伊豆諸島南方に3つの無人島を発見した」という「巽無人島記」の記述の信憑性が疑われ貞任は追放処分になったとのことです。1800年代には海外から捕鯨船が訪れることが増え、1827年英国が領有宣言板を設置したり、1830年には白人5人とハワイ人25人が入植し先住民となりました。1853年米国ペリー提督が父島に寄港、石炭補給用の土地を住人セイボルト氏から購入し、米国の領有権を主張しましたが、幕府は歴史的に日本の領土であることを主張し1862年各國に通告し、翌年には八丈島から38名を入植させました。
1876年(明治9年)小笠原諸島が日本領土であることが国際的に確定すると、欧米系の多くは日本に帰化しました。
1944年には戦況が厳しくなり小笠原が戦場になる可能性が高く、住民6886人が本土に強制疎開させられました(住民の825人が残留)。敗戦後は米国の支配下となり欧米系135人だけが父島への帰島を許されました。1868年に本土復帰し今年が50周年というわけです。

異常気象が続いている

7月上旬の西日本豪雨では200人を超える犠牲者や2万戸を超える住宅被害、インフラ破壊をもたらした。その後は猛暑が日本列島全域を襲い、1週間で65人の熱中症死者が出、7月23日には国内の観測史上最高を更新する41.1℃が熊谷で記録された。異常高温は日本だけでなく、カナダや北欧の北極圏でも気温が30℃を超え、各地で山火事をおこし、米国カリフォルニアのデスバレーでは52℃を記録した。
画像今度は行動が変な台風が日本にやってきている。これまでに例をみない経路で、想定していない所で豪雨や突風が生じる可能性があると気象庁が報じている。神奈川県内でも海老名市や鎌倉市で早い時間から避難所開設し、早期非難を呼びかけている。
画像太平洋高気圧とチベット高気圧が台風の進路を塞いでいる上に反時計方向に旋回する上空の寒冷渦が、台風を日本列島で西向きに方向転換させるのだそうだ。(2枚の画像はNHK-TV画面)
次々と世界で起きている異常気象は、人為的な活動によって生じる地球温暖化が大きく影響していると考えるべきだろう。
画像国連組織のIPCCは、産業革命(19世紀後半)以降の平均気温上昇が既に1℃になり、2040年には1.5℃になるだろうと警告している。この数値は地球全体の平均気温であり、日本など中緯度地帯や北極などの高緯度地域では更に高温になる。上の図の左は今世紀末の平均気温上昇を2℃に抑えた場合の気温上昇分布であり、右の図は積極的な対策を行わない場合の今世紀末の気温上昇を示している。地域によって10℃を超える気温上昇が予測されている。(図はICPP報告書から借用)
画像表は、IPCCと気象庁による将来懸念である。気温だけでなく、海水温度上昇も大きいので、台風の強度が大きくなるなど、我々の生活に及ぼす影響も大きい。米国トランプ大統領のように、地球温暖化を否定する人もいるが、早期に手を打たないと取り返しのつかない事になると思われる。中国は気候変動問題に前向きに取り組む姿勢をアピールしているが、世界最大の温室効果ガス排出国(石炭燃焼が主流)であり、2030年までCO2を増やし続ける計画だ。

日本のエネルギー基本計画はこれでよいのか

 7月3日、今後の我が国エネルギー政策の方向づけを示す「第5次エネルギー基本計画」が閣議決定された。
従来の基本計画との大きな変更点は、再生可能エネルギー(太陽光、風力、水力、地熱などの自然エネルギー、以下再エネと略す)を2030年に向けて主力電源と位置づけたことだ。2012年に再エネ促進のため、時の政府が長期にわたって高値の固定価格で買取る制度(FIT)を法制化したため、太陽光発電のみの導入が急速に進んでいる。
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当時太陽光発電についてはkWhあたり40円での固定価格買取を20年間保証したため、投機目的も含め国内外から発電事業者が殺到したのである。電気料金は家庭用でkWhあたり25円程度、産業用で15円程度だから、この赤字分は賦課金として電気利用者(国民)が負担することになり、年間の賦課金は現在2兆円を超え、我々の電気料金に1割程度上乗せされているのである。賦課金は2030年には4兆円になると試算されており、消費税2%分の国民負担に相当する。
 世界的には太陽光パネルの価格は大幅に安くなっているのだが、日本では新規に参入する場合の買取価格は20円程度と、国際価格の2倍以上に止まっている。さらに太陽光発電の厄介なのは、日照時間に左右されるため稼働率は12~14%で、需要の少ない日の昼間には需要を上回る発電をする一方、天候や時間帯に左右される不安定電源のため、常にバックアップ電源を用意しておく必要があり、系統整備や系統安定化のための追加コストが余分にかかるのである。将来の再エネ増加に対しては余剰電力を貯蔵するバッテリー等の開発・低価格化が必要だが、明るい見通しはない。

 発電コストが安く、安定した電源は原子力と石炭なのだが、東日本大震災後原子力発電が止められ、石炭火力が増加していることに対し、国内外の環境団体から避難を受けている。(関西電力では現在4基が再稼働したため、電気料金引き下げを行った。)
 東日本大震災前には原子炉54基が稼働していたが、新規制基準が示されて5年も経つのに、再稼働したのは僅か9基にすぎない。設置許可を取得した6基、適合性審査中の11基を合わせても原子力比率20%には達しない。更に運転期間40年を超える原子炉も2030年前後には増加するので、現状のままではエネルギー基本計画に示す2030年原子力比率20~22%に達しない可能性が高い。
既存のものよりも最新技術で安全性も高めた新規プラントの建設を方向性として明確に示すべきで、原子力発電所の建設には少なくとも十数年は要するのだから、今すぐにでも着手する必要があるのだが、ポピュリズムに流され、新設やリプレースを打ち出せていない。
立地自治体・住民との間で万一の事故時の避難路が地元理解のネックになっているが、最新設計では過酷事故時にも避難を必要としない”Evacuation Free(避難不要)"の軽水炉が可能なのである。(海外では一部実現している。)  基本計画で方向性をしっかり示さないと、発電事業者もメーカーも人材投入や設計開発、新規設備に着手できないし、優秀な学生も原子力には来なくなる。 

 また、エネルギー基本計画では、原子力を国産エネルギーに位置付けているが、ウラン資源を海外に頼っている現状では真の国産エネルギーとは言えない。我が国に保有しているウラン238やプルトニウムをエネルギー源として活用して初めて国産と胸を張って言えるのだ。2050年のエネルギー事情は不透明であり、基本計画にも謳っているように、複数シナリオが必要である。今回の基本計画では、再生可能エネルギーを主力電源と位置付けているが、再生可能エネルギーが自立エネルギーになるには克服すべき課題が多すぎる。2050年のCO2削減80%を国際的に約束しているが、再生可能エネルギー主体では日本経済を大幅に犠牲にしない限り達成不可能だ。 
 それに比べ、プルトニウムを利用する高速炉の実用化研究開発は、東日本大震災前にかなり見通しを持った段階に達していた。不幸にして「もんじゅ」は廃炉が決まり、日仏で進めていた実用炉ASTRID計画の見通しも怪しくなっているが、資源に乏しい我が国としては、自主的主導的に2050年頃の実用化に向けた研究開発は手を抜くことなく進めるべきである。一部に使用済燃料に含まれるプルトニウムは原子爆弾の材料になると宣伝する向きがあるが真実ではない。原爆に使われる兵器級プルトニウムは重水炉等から作られプルトニウム239が93%以上を含む物を言うのであり、軽水炉使用済燃料はプルトニウム240など早期に核反応を起こしてしまう物が30~50%も含まれているので危なくて核兵器にならないのだ。歴史的にも軽水炉のプルトニウムから原爆を作った国は一例もない。
 一方、現在高速炉の実用化では、ロシアが最も進んでいるが、中国やインドが大規模な実用化プラントの建設計画を進めており、折角米仏と共にこれまで世界一流の高速炉技術を持ってきた我が国が将来、中露印の技術を買いに行くようでは情けない。
既に、次世代高速炉実用化への技術開発や実証試験は、民間組織も活性化して取り組んでいるところであり、イノベーションの旗頭の一つとして推進の価値が大いにあり、優秀な人材の持続的確保にも資すると考えられる。以上

大雨、箱根の美術館(成川、ラリック)

今週は色々なことがありました。
サッカーW杯ロシア大会は、時差の関係でTV実況が深夜であったにも関わらず、視聴率は40%を超えたとのこと。選手の活躍は勿論ですが、僅か2ヶ月で日本代表選手を束ね、決勝トーナメント(ベスト16)に進出できたのは、西野監督のマネージメント能力によるところが大きかったと言われています。決勝での対ベルギー戦も70分間は日本が勝つかも知れないとの夢を感じさせてくれた戦でした。

今週は西日本を中心に記録的な豪雨が降り続いており、洪水や土砂崩れによる大きな被害が今も続いています。
岐阜県郡上市では、降り始めからの雨量が1000mmを超え、四国中央市で700mm、九州から近畿にかけて各地で400mmを超える雨量が観測されています。7日午後10時現在死者49名(このうち、広島県23名、愛媛県18名)、安否不明48名と報じられています。
追記:7月11日22時点で西日本豪雨による死者は179人(広島75人、岡山57人、愛媛26人)、行方不明61人と報道されている。崖崩れ、河川氾濫の被害が大きいが、ダムの緊急放流による下流浸水での死者もでている。

今週、天候の優れない箱根の町では、美術館を訪れる観光客が結構多かったようです。
芦ノ湖畔の成川美術館では、現代日本画の展示が行われていました。
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第一室の正面には木村圭吾の「金青の海面(コンジョウのウナモ)」が展示されていました。岐阜県根尾谷の薄墨桜が金青の海面に見えると表現しています。
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高山辰雄の「月」です。
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平山郁夫の「ガンジスの夕(黄昏)」です。
なお、美術館内はフラッシュ無し撮影はOKでした。

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美術館の軽食喫茶室からの眺めです。



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美術館常設の展示品の象牙彫刻「華夏文明」の一部。

天地創造の時代から、三国志、唐、宋、明、清の時代までが精密に彫られた作品です。

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仙石原のラリック美術館では、「オパールとオパルセント」企画展が開かれています。
オーストラリアで産出されるオパールは、二酸化珪素に僅かな水が閉じ込められ長年に少しずつ析出されたため、光が七色に屈折した輝きを見せるとのことです。ラリックはオパールを使った独創的な装飾品とともに、ガラス工芸家としてオパールの色彩を追求したオパルセントガラスの花瓶や装飾品を作りました。写真はオーストラリア産のオパールを加工して花びらにしたものです。館内撮影禁止で、この写真は絵葉書からスキャンしました。

課題先送りの政府エネルギー基本計画

国のエネルギー基本計画は前回2014年に閣議決定され、3年ごとに見直す決まりのため昨年から政府審議会で議論され先月第5次エネルギー基本計画がまとまり公表された。6月17日までパブコメ募集中で、その後、閣議決定される。前回の基本計画から3年余たったが、目標に向け進捗状況は道半ばとしており、2030年の電源構成目標値は前回と変えないとしている。
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今回、再生可能エネルギーを主力電源化すると位置付けているが、太陽光発電の高値固定買取制度のため、既に毎年2兆円の賦課金が国民負担として課せられている。今後も再エネが増え続けると、2030年には年間の買取費用が毎年4兆円になると予想されている。しかも太陽光は昼の好天時でないとまともに発電しないので稼働率は12~14%程度であり、昼好天時は電力需要を上回る発電をする一方、その他の時間帯では他の電源が必要であり、今回の基本計画においても「太陽光や風力は天候次第の間欠性の問題から、供給信頼度は低く、その依存度が高まるほど自然変動によって停電を防ぐための品質の安定が困難になる。また、火力や原子力とは異なる発電立地となるため総発電ネットワーク全体の再設計を行う必要がある」と問題点を指摘しておきながら、追加設備(蓄電池や送電線)による発電コスト増大や電気料金抑制への対策については問題を先送りしている。

気候変動抑制のためのCO2削減については、震災後の原子力発電所停止措置により、震災前に比しCO2排出が増加しており、2030年のCO2削減26%( 2013年比)の国際公約に向け、新安全基準への対策が終えた原子力発電所は、さっさと再稼働するべきなのだが、原子力規制委員会の審査が手間取り、震災後7年も経つのに一向に進まない。震災前には54基の原子炉が稼働していたが、現在稼働中なのは僅か7基である。安全対策を終え規制委員会に審査を申請したものは26基だが、審査を終えたのは稼働中も含め14基だけだ。北海道の泊原発の場合、規制委員会の委員が途中で交代し、地震学者の前委員は活断層や最大震度、津波高さに過度ともいえる要求があったのをクリアしたと思ったら、後任の地質学者は「防波堤について液状化現象の可能性が否定できない」と言い出し、土木工事をやり直すなど委員の趣味・恣意に振り回されている感もある。国際機関IAEAからも原子力規制委員会の審査について事業者とのコミュニケーションを改善すべきとの指摘が出ている。過大な対策工事費用を勘案しすでに廃炉を決めたのが15基あり、2030年代に20%以上の原子力比率を確保するには、安全性を高めた最新技術の原子炉の新設あるいはリプレースが必要と考えられる。今回の基本計画の「政策の方向性」の中に「「原発依存度については可能な限り低減させる」と述べる一方、「我が国のエネルギー制約を踏まえ、安定供給、コスト低減、温暖化対策、安全確保のために、策定した2030年のエネルギーミックスにおける電源構成比率の実現を目指し、必要な対策を着実に進める」とあるので、原子力発電所の新設/リプレースは「必要な対策」に含まれると読めないことはないが、国策としての対策に何が必要か、しっかり政府として説得力ある説明をすべきである。原子力発電所の立地には10年以上を要し、国が方向性を示さなければ、事業者もメーカーも人材の投入は出来ない。
今回の基本計画にはエネルギー源への問題点は色々指摘しながら、解決への方向性を示せず、課題先送りと言わざるをえない。

箱根の春2018

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先週水曜日(3月21日)の当地方降雪により、富士山も白い部分が広くなっています。
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箱根湿生花園では、水芭蕉の花が見頃です。
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水芭蕉の花は芯の緑の部分で、初春の葉が美しい花のように映ります。
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大涌谷では、まだ積雪が残っているようです。
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一昨年来、新たな噴気口も生まれたとのことで、火口付近は立ち入りが規制されています。
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平昌冬季オリンピック雑感

冬季オリンピックは韓国平昌(ピョンチャン)で2月9日から25日まで17日間にわたって開催された。近年のオリンピックは商業主義の極みと言われているが、人気の高い種目は、第1のスポンサー米国TVに合わせて午前開催か夜に行われた。開会式終了後深夜3万人の観客を処理しきれず、氷点下10度以下の屋外で長時間交通機関を待たされたり、日本選手が公式練習後深夜の屋外に取り残されたこともあったようだ。
日本のメダル獲得数は13個と健闘したが、麻生財務相が「金をかけて外国コーチを招聘したから」と述べているように、金メダルを取るには、練習環境、高度なコーチ、科学的分析による戦略、国際遠征等が整うことが必須で豊富な資金が必要になっている。
画像昨年11月に怪我をして練習が十分出来ていない状況で、完璧に近い美しい演技を見せ男子フィギュアで金メダルに輝いた羽生結弦選手は、全日空が勤務先だが、カナダのクラブに属して指導を受けており、全体コーチ、ジャンプコーチ、ダンス、振り付けなど20名のスタッフに支えられている。
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一方、スピードスケート女子500mで金メダル(1000mでも銀メダル)を取った小平奈緒選手は、松本市の相澤病院所属だが、9年前、信州大学卒業間近になっても就職口が見つからず、結城コーチが、怪我などでお世話になっていた相澤病院に頼んだのが経緯のようだ。長野県を拠点にして結城コーチの元でスケート活動をしたいとの希望に対し、長野県に引き受け手がないということに相澤理事長は驚き、「大学卒の事務職同等の給料でよければおいで」と引き受けた由。遠征費用は連盟から費用が出るようだが、良いコンディションで活躍できるように、ビジネス航空運賃との差額を補助し、2年間オランダ留学を希望した際も滞在費を負担したとのことだ。
画像女子カーリングで3位となり、日本として初めてこの種目でメダルを獲得したのはLS北見というクラブチームの5人だ。全員北海道北見市常呂町の出身で、当時日本代表チームの主力(スキップ)だった本橋麻里が故郷で2010年に結成し、中部電力のスキップだった藤澤五月選手等を故郷に呼び戻してチームを強化した。北見は30年くらい前にカナダと姉妹都市関係を結んだことがきっかけでカーリングが盛んになり、常呂町にカーリング施設を持ち、小中高校の体育の時間にはカーリングを取り入れ、老若男女40チーム・200人が日頃カーリングを競うなどカーリングが盛んな町だ。資金サポーターは地元企業・店舗、個人会員等で北見市も全面的に支援している。昨年中部電力に勝って日本代表チームになると、ナショナルチームとしてカナダ人のコーチが指導し強くなったようだ。
画像金メダル獲得数では、ノルウェー、ドイツ、カナダ、米国、オランダが上位を占め、日本選手は外国選手と比べて一般に体力で劣るようだが、チームワークでの勝利が目立った。女子団体パシュート(追い抜き)では、メダリストを集め個人成績で上回るオランダを相手にオリンピック新記録で優勝、金メタルを獲得した。3人で走る先頭は空気抵抗で体力を消耗するので、どのように3人が先頭を交代していくか、スピードを落とさずに先頭から最後尾への移り方、3人の隊列・前後間隔など緻密なデータ分析結果を練習で実現するなど、365日のうち、300日間、練習を共にしたという。
画像当日は準決勝と決勝の間が2時間しかなく、準決勝で体の大きい菊地選手が先頭走行の時間を増やし、佐藤選手を休ませ、決勝の3人(高木美帆、高木菜那、佐藤綾乃)の体力を極力温存する戦略も功を奏し、決勝の最後にオランダの速度が落ちたのに対し、日本は追い越し引き離して勝利した。
画像また、高木菜那選手はスピードスケート女子マススタートという新種目でも優勝した。体力を温存するため、先頭には立たず、強豪のオランダ選手の後ろにぴったりと付き、最後のコーナーでオランダ選手が大きく外側に回ったところを、内側から追い抜き1位となった。(写真で2位は韓国、オランダは3位だった。)外国人コーチは、高木菜那選手を「Good Behind Starter」と言っていた。なお、菜那選手の妹の高木美帆選手は女子1500mで銀、1000mで銅メダルも獲得している。
画像男子スノーボードハーフパイプでは、平野歩夢選手が美事なジャンプと回転の技を見せてくれた。3回の演技のうちの最高点で評価される競技で、最初の2回目までは平野が1位だったが、米国のホワイト選手が最後に美事なジャンプ・回転を見せ優勝、平野選手は銀メダルだった。ホワイト選手は「平野が大きな刺激になって自分も良い演技が出来た」と述べていた。若い平野は、この先有望だ。この他、ノルディック複合ノーマルヒルで渡部暁斗選手が銀メダル、
スキー女子ジャンプで高梨沙羅選手が銅メダル、男子モーグルで原大智選手が銅メダル、男子フィギュアで宇野晶麿選手が銀メダルを獲得した。

横浜初雪は4年ぶりの大雪

1月22日(月)昼前から雪が降り出し、東京・横浜を含め関東地方に大雪警報が出ました。
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午後3時、東京都心・横浜の積雪は3cmと報道されていますが、拙宅ではその時既に8cmでした。

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午後6時半の写真です。都心も10cm超の積雪と報道されています。電車は本数を減らした間引き運転のため、帰宅ラッシュと重なり大混雑。地下鉄半蔵門線・東急田園都市線では、大手町から青葉台まで普段なら1時間かからないのですが、全線各駅停車で、4時半に大手町乗車し宮前平まで1時間40分間電車はすし詰め状態で当地まで2時間かかったようです。途中の渋谷駅はプラットホームが乗客で溢れかえっていても満員電車にはほとんど乗れず、改札口手前で入場制限したため降雪の屋外まで行列ができている画像が放映されていました。
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今朝(23日)6時45分頃の家から南方向の写真です。



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同時刻の東方向です。都心も我が家も20cm超の積雪でした。雪国では大したことのない積雪量でしょうが、雪に慣れない首都圏は大変。雪道登り道で大型車が走れなくなり、首都高速道路のトンネル内で10時間待ちの交通渋滞があるなど大混乱。成田空港も9000人が空港で一夜を明かしたと報じられていました。首都圏交通機関関係者の緊急時リスクマネージメントに問題があるようです。
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拙宅前の道路反対側に誰かが早朝雪だるまを拵えたようです。北側道路のため雪が溶けにくいので雪かきが必要です。10時過ぎには近隣も皆さん雪かきを始めたので、当方も出場。30分もすると腰が痛くなりました。家内が夜半に玄関口を雪かきしてあったので、総じてなんとか格好がつきました。
追記(2月9日):今週は寒波により北陸は大雪となり、特に福井は37年ぶりの積雪で国道8号線は大型トラック等が立ち往生し、60時間に及ぶ大渋滞となりました。

ならず者国家に囲まれた日本・大事な事は政策先送りの日本---2017年を振り返って(その2)

世界は混迷の中の2017年でした。
米国はトランプ大統領が就任し、オバマケア(国民皆保険制度)、TPP(環太平洋経済連携協定)、パリ協定(気候変動枠組条約)等、前政権の進めてきた政策をことごとく否定。アメリカ第一の保護政策、白人至上主義、イスラム教徒の移民制限、メキシコとの国境の壁建設等に舵を切っています。大統領選挙の時にはワシントンDCやウォール街富裕層を敵視し見捨てられた低所得層の味方のようなことを言っておきながら、実際に実行していることは富裕層の減税など既得権益に利する政策を進めています。身内のユダヤ教娘夫婦とユダヤ人社会に一方的に与し国連合意を無視するイスラエル・エルサレム首都承認・大使館移転を宣言し、それに反対する国には経済支援を止めると威嚇。ペテン師でならず者の大統領登場です。しかし、失業率が下がり株価も上昇し、米国民の4割弱(トランプに投票した人の8割)が彼を支持しているというのですから、当面何が起きるか分からない2018年です。
画像日本の西方、北方は既に国際秩序を乱すならず者国家で取り囲まれており、北朝鮮はミサイル発射・核実験を繰り返し、その軍事能力を高めています。北朝鮮金正恩が「自分の机には常に核兵器発射のボタンがある」と述べると、トランプは「自分の核兵器ボタンの方がはるかに大きく、強力だ」と切り返しており、正気の沙汰とは思えません。1年半前の日米合同軍事演習シミュレーションでは、「仮に日本の都市が北朝鮮に核攻撃され何十万人かの犠牲者が出ても、米軍は北朝鮮を攻撃しない」というものでした。日本政府は対ミサイル防衛兵器を急遽増強するべく来年度政府予算案に織り込もうとしています。
画像米国が世界のリーダーとしての国際的影響力を失っていく反面、影響力を増しているのが中国とロシアです。米国が一時シリア反政府軍に肩入れしていたのに対し、今はロシアが主導権を握り政府軍を軍事支援しIS(イスラム国テロ組織)撃退に効果を挙げつつあります。中国は「一路一帯」のスローガンのもと、中央アジア、東南アジア、アフリカまで鉄道敷設やインフラ整備、港湾権利確保等、覇権主義の本領を発揮しつつあります。南シナ海も基地化を進めています。中露は非民主国枢軸・闇ルートの要になっています。北朝鮮への経済封鎖に対しても中露が抜け穴を作り手助けをしています。
この一年我が国の政治はどうだったのでしょうか。安倍内閣は世界の中で安定した政権を維持できていると思いますが、政権が長くなると、官僚の中には人事権を有するトップ権力者の意を「忖度」して阿る不適切な行政が行われがちです。野党の追求も甘く的外れであり、7月の衆議院解散総選挙でも野党自爆自滅で自民党の勝利に終わりました。しかし、絶対多数を取っているにも関わらず、税と社会保障費の一体改革、岩盤規制緩和、農業近代化、エネルギー政策基本方針など重要課題は先送りし、本来なすべき改革は一向に進みません。
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12月に発表された平成30年度国家予算案です。29年度に比べ2500億円膨張し、6年連続過去最高を更新しています。税収は59兆円しかないのに歳出は97.7兆円です。中でも社会保障費が5000億円増え、政策経費の44%を占めています。「税と社会保障費の一体改革」はほとんど手付かずです。特に医療費が年々膨張していくのを止める政策を打ち出さないと、いずれ財政は破綻します。また、相変わらずのバラマキも顕著です。この図表に示されていませんが、29年度補正予算2.7兆円の内、農林水産省が4600億円、このうちTPP関連農業対策に3170億円が計上されています。TPPで農家は収入で損は生じないのに農水省と農林族議員の圧力によるバラマキです。酪農農家、養豚農家の平均所得はそれぞれ1200万円、1500万円です。自由化しても価格は下がらず、消費者に高い財政負担が加わるだけです。今のままでは若者は将来に希望が持てず、世界における日本の位置は低下するのみに思えます。

正月風景と平家琵琶語り

明けましておめでとうございます。
正月風景の写真です。
餅つき、初夢(富士山)、初詣(曹洞宗・箱根長安寺)、新年祝賀会における平曲琵琶語りです。
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1月3日の御殿場乙女峠からの富士山です。
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輪を潜った後、参拝すると厄除けになるのだそうです。
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荒尾努氏による平家琵琶の語り演奏です。平家物語は元来琵琶という楽器を伴奏とし、盲目の琵琶法師によって語り継がれてきましたが、江戸時代中期からは目明きも継承するようになったそうです。また文字として抑揚も記された教本が作られ、現在に至っています。平家滅亡の歴史を語る平曲は二百曲あり、昭和20年頃全曲を語れるのは仙台の館山甲午氏1人になってしまったそうです。国語学者金田一春彦氏が伝統的な平曲を館山氏から継承し、荒尾氏は金田一氏とその弟子の須田氏に師事、現在平曲琵琶継承者は数名しかいない貴重な日本の伝統文化となっています。彼は38歳、三菱重工業に勤務しながら、全国の神社仏閣、教育機関、TV等年間50回くらい演奏・講演活動を行なっているとのことです。今回は、「祇園精舎」「敦盛最期」「那須与一」「先帝入水」の一部を語り聞かせてくれました。

製造業の凋落---2017年を振り返って(その1)

今年は一流と考えられていた大企業で続々とデータ改ざんや品質のごまかしが発覚したり、大型プロジェクトで大きなトラブルが発生する等、長年に渉って築いてきた日本製品への信頼に揺らぎが生じた一年でした。以前製造業に身をおいていた一員として何故こんな事になっているのか考えてみたいと思います。
25年前の1992年の我が国製造業従事者は1569万人で全産業従事者の24%を占めていました。直近のデータ(2016年)の製造業従事者は1041万人、全体の16%です。国際競争の中で、物作りの工場が中国や新興国にシフトされ、企業は合理化を迫られ人員を減らしてきたのです。また、経営の手法もグローバリゼーションの名のもとに短期的な利益を求められる傾向にあり、各部門に課せられる業績目標も厳しくなります。トップの意向に逆らえず、現場の問題点が経営に伝わらない、社内のコミュニケーションも悪くなる悪循環が生じているのではないかと思われます。製造業は本来長期的な視点に立って、新技術や新製品の開発に向け、物になるかどうか分からない研究も許容されていたのですが、最近は「集中と選択」の名のもとに芽が育つ前に切り捨てられ、新技術は必要な時に他者から( M&A--会社買収も含め)買えば良いではないかといった風潮も見られるようです。製造業が新しい事への意欲が減退すれば、特許出願数も減ってきます。かつて、特許出願で日米がトップ争いをしていましたが、今年は中国に水を開けられています。
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このグラフは、産業別従事者と従事者一人当たりの平成27年の賃金をグラフにしたものです(出所は総務省と国税庁の公表データ)。過去20年の間に、製造業の従事者は415万人減り、建設業も170万人減少、一方、医療福祉従事者が450万人、サービス業が120万人増えています。20年間1人あたりの国民平均所得が増えない、或いは経済格差が広がっていると言われています。一人あたりのGDPは20年前ルクセンブルグ、米国についで世界3位でしたが昨年は18位に下がっています。日本人の一人あたりの平均賃金が増えないのは、給与が平均より高い製造業の人員が減り、賃金の安い医療福祉やサービス業の割合が増えているためです。製造業では、初任給は低くても、入社後能力向上に伴い確実に賃金も増えていきます。医療福祉やサービス業で昇給の期待できない給与体系の改革や非正規雇用者の正規社員化も大きな課題ですが、中産階級を増やすには製造業が頑張らなければいけないのです。
日本が科学技術・製造業で未来を開くには、長期的視点、皆が前向きに意欲を発揮するような組織と経営、そして新しい事への研究費・設備投資を積極的に行うことが必要です。政府・民間を含めた研究開発投資額は、日本が過去20年横ばいなのに対し、米国は日本の3倍、中国は2,5倍と言われています。
来年は、我が国の科学技術と製造業が復権する年であって欲しいと思うのです。

箱根ガラスの森のサンタクロース

箱根ガラスの森のサンタクロースです。
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背景は大涌谷の噴煙です。前の晩に降った雪が山筋に残って見えます。(12月18日撮影)
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サンタクロースは、1ヶ月前には駐車場の隅で待機中でした。



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ガラスの森美術館では、ヴェネチアングラス製のイエス誕生のシーンを展示中でした。
前日午後東名高速御殿場から箱根へ車で登ってきた時、雪がチラチラ降ってきた程度だったのですが、一晩明けると国道138号線は乙女峠から御殿場までチェーン装着規制されており、仙石原から箱根湯本・小田原経由で帰ってきました。

地元のつつじが丘小学校創立50周年

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今日(11月25日)、地元の小学校の創立50周年記念行事が学校の体育館で行われました。この地域は東急田園都市線が開通する昭和41年頃からの新興住宅地で、生徒数急増に合わせて、ここから2.5km離れた創立143年の田奈小学校から昭和41年に仮説校舎の分校として発足し、昭和43年に「つつじが丘小学校」として独立開校したのでした。
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昭和41年分校当時は児童数142人、職員数7名、教室数9だったそうです。図表は開校からの児童数の変遷を示します。開校当時は、青葉台・桜台・藤が丘もカバーする広い校区で、児童数が1600人を超える時期もありましたが、昭和46年、49年、52年、平成4年に新しい小学校を分離独立させ、現在は児童数500人前後で推移しています。
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児童の記念行事は今週済ませており、今日は地域、 PTA、学校職員合わせて110名ほどで式典と祝賀会が開催されました。来賓祝辞として初代PTA会長が開校当時の思い出話をされました。アトラクションとして、地域の若手ウクレレ歌手(HACHI、真ん中の白服、も1人はパーカッション )の最後のステージでは、小学校の先生方がベース、サックス、エレキギター、バンジョー、ピアノに飛び入りで加わり場を盛り上げました。画像をクリックすると拡大しますので是非見てください。
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これは、小学校1年生の作品です。

箱根の秋---紅葉・コンサート

一昨日(11月19日)の日曜日、天気が良かったので箱根を散策しました。標高が高い駒ケ岳や大観山は紅葉が終わっており、麓の箱根湯本は紅葉が始まってなく、強羅・小涌谷・仙石原などが紅葉真っ盛りでした。
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小涌園から庭続きの蓬莱園の紅葉です。
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ガラスの森美術館の紅葉とクリスタルのクリスマスツリーです。後方に大涌谷の蒸気噴煙が見えます・
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仙石原にある曹洞宗長安寺境内・五百羅漢と紅葉です。

















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仙石原の箱根ハイランドホテルからの景色です。背後の金時山(標高1213m)は当初もっと巨大な火山でしたが、手前側が崩れたことによって現在の姿になったとのことです。それでも箱根外輪山の最高峰であり、坂田金時(金太郎)や頂上の金時娘(小宮山妙子さん84才)が70年前から経営する金時茶屋で有名です。
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たまたまガラスの森美術館のホールでベニスセレナーデデュオがクラシックやタンゴを演奏していました。
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約30年前から「箱根の秋・音楽祭」が11月に開催されていましたが、その流れをくむ室内楽コンサートが仙石原文化センターで開催されていました。東京ハルモニア室内オーケストラのメンバー4人と若手クラリネット奏者福島隼人氏による演奏で、チャイコフスキーの「アンダンテカンタービレ」やモーツァルトの「クラリネット五重奏曲」など馴染みのある曲が演奏されていました。定員七百数十人の会場に7割の入りでした。もっと宣伝すればよいのに!
家内からは行事詰め込みすぎの1日だったとクレームあり。